モーションウィジット

2018年12月19日水曜日

【風景】錦糸町に観る幕末志士の足あと

この日の直前2週間は発熱やら節々の痛みやらが続いていて、ようやく回復してきた週末。
何かウィルスにやられていたとのことで、熱が治れば大丈夫だと医者には言われていたので、近場で負担のかからないところに外出してみようかなと。
 
そんな時にと思っていたのは、錦糸町にある「たばこと塩の博物館」。
駅から若干距離はあるものの、見学にそれほど時間もかからず、常日頃お世話になっているものについて学べる場、1回は行ってみたいなと思っていたんです。
 
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その前にと。
錦糸町駅近くにある、幕末関連の史跡巡りをしてみようかなと。
 
まずは五柱稲荷神社。
桜井識子という霊能力者曰く、仕事運に強い御利益があるお狐様がいるんだとか。
 
今回の目的は幕末の志士、ここに何があるかというと…
 
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「勝海舟揺籃の地」という碑。
たったこれだけ、そういえばそれまでですね。
 
そもそも、揺籃って何だ。
読みは「ようらん」、要は「ゆりかご」のこと。
そう、「揺籃の地」とは出生地のことです。
 
とはいえ、勝海舟は神社で生まれた訳ではなく、勝海舟の父、小吉の実家の男谷家がこの近辺にあったようです。
勝家は小身の旗本、そこから幕府軍の軍事総裁に、そして明治維新後は枢密顧問官にまでなった勝海舟。
 
「仕事運に強い御利益のあるお狐様」というのは、もしかして勝海舟に関係あるのかな。
 
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近くの保育園、ここは勝海舟が10代に住んでいた場所。
旗本の岡野家という家だったそうで、剣術の稽古も積んでいた時代でしょう。
 
案内板があるだけなので、普通であれば見落としてしまうでしょうね。
 
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そして次、山岡鉄舟の生家があったところは、中学校の敷地。
山岡鉄舟って、勝海舟よりマイナーですよね。
 
幕臣としては、浪士組の取締役。
江戸無血開城の際、勝海舟の使者として静岡で西郷隆盛と会見、基本条件について合意を取り付けることに成功したことで知られています。
 
その後、明治天皇に侍従として仕え、剣・禅・書の達人としても知られる人物。
勝海舟と生家がこんなに近かったとは。
 
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さて、大横川親水公園をスカイツリー方面に。
たばこと塩の博物館までは歩いて15分ほど、着いた後のことについては、また明日の記事にて。
 
 
【今日のワンポイント】
・勝海舟と山岡鉄舟は、幕末の三舟と呼ばれるうちの二人。もう一人は高橋泥舟という人物で、徳川慶喜の護衛隊長だったそうです。
 

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