モーションウィジット

2020年7月31日金曜日

【散歩】無料の流山市立博物館、展示品も充実でお得感たっぷり

流山に来て、まだ朝早いので店は何処も開店前。

そんななかでも、流山市立博物館は9:30からオープンしています。
まぁ大したことないんだろうと思いながら訪れたら、そんなこともなくなかなか凄いんですよ。

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そうだ、その前に、流鉄の車庫。

色とりどりの流鉄車輌、かつて西武鉄道で利用されていたものらしい。
今回はここまで武蔵野線で来ましたけど、流鉄に乗ってみるのも面白そうですね。

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改めて、流山市立博物館に到着。

入り口で名前と連絡先を書くのは、新型コロナ対策で他の博物館と同じ。
それを料金を払うカウンターで渡すのかと思いきや… あれ、そんなところないな。

なんと、流山市立博物館は無料なんです。

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そして展示室に入ると、縄文式土器が剥き出しで置いてあります。

なんと、これは自由に触ってもよし。
触るだけで持ち上げないでねと書いてあるものの、土器の感触を確かめられるのは貴重な経験。

きっとレプリカなんでしょうけどね。

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さすがに埴輪には触れることができずですけど、腕を前に出す姿が可愛らしいじゃないですか。
腕の形状には、物理的にちょっと無理があるかな。

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単なる土の塊かと思いきや、これは製鉄設備、奈良時代のものだそうです。

当時の製鉄には高度な技術が必要で、中国地方に分布していたもの。
どうやってこの地にもたらされたものなのか、砂鉄をどこから入手したんだろうか。

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流山といえば、白味醂発祥の地。
味醂は元々飲み物だったらしく、料理に使われるようになったのは、流山で醸造に成功した白味醂が普及したからなんだとか。

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お、新撰組対官軍の布陣。

官軍は900人弱で大砲装備、対する新撰組は半分以下。
しかも新撰組が流山に布陣した翌日の急襲だったので、こりゃ戦っても新撰組に勝ち目はないですね。

今回流山に来るまで、のんびりとした展開で、近藤勇も甘っちょろい考えで投降したものと思い込んでました。

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明治時代の流山宿の模型、家屋は意外に少なかったんですね。
新撰組も、こんな風景の村で倍以上の敵に包囲されたという訳か、なるほどねぇ。

と、展示物も充実の流山市立博物館はかなりの広さ、無料で土器にも触れるという凄いところ。
せっかく流山に行ったら、寄る価値ありだと思いますよ。




流山市立博物館
04-7159-3434
流山市加1ー1225-6
営業時間 9:30~17:00
休館日 月(祝日の場合は翌日)、年末年始

2020年7月30日木曜日

【散歩】この頃流行りの流山、古い建物も数々残っているんだなと

流山観光の続き、街の中心部に近づいていきましょう。

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石畳の細い通り、ここに近藤勇の本陣があったのか。
よし、奥に進んでみるか。

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陣屋跡はここ、当時は「永岡」という酒造だったんだそう。

現代でも酒店で、名前が「秋元」なのは「永岡」が経営不振に陥ったのを引き継いだから。
新撰組を匿った、という風当たりが強かったんでしょうかね。

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当時の建物は残っておらず、近藤勇陣屋跡の碑と説明板があるのみ。

新撰組は、鳥羽伏見、甲府で連敗して流山に。
既に沖田総司は病で離脱、永倉新八や原田左之助も隊を離れるなど、新撰組もかつての姿とは異なっています。

近藤勇が流山に陣を置いた翌日には官軍に包囲されたとのこと、内通があったのかもしれないですね。
流山の町や部下達に被害が出ないようにと近藤勇は官軍に出頭、部隊の役割と自らの名前を偽ったものの官軍にバレてしまい、斬首になったというのがこの後の流れ。

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近くにあった閻魔堂に寄ると、金子市之丞という人の墓を発見。

金子市之丞?
説明板によると、江戸時代の義賊とのこと。

父の死で店が傾き、賭博に手を出し盗みをはたらくように。
ただし盗むのは金持ちの家からで、貧しい家にもばら撒いた。

捕まり処刑されたものの、家の近くの閻魔堂に地元の人が墓を建て、今日ではここにお参りすると「頭の病気が治る」「刑が軽くなる」と言われているんだそうです。

盗賊になった経緯には同情の余地なし、それで義賊というのはちょっと言い過ぎのような気もしますけどね。

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さて、本町通りに入ってと。

清水屋は歴史ある和菓子屋さんで、ここで何かお土産でも…う、まだ開店前か。
調べてみたら開店は正午とのこと、こりゃ待つには長過ぎる。

白い看板はモルタル化粧看板というそうで、現在では再現困難な職人技なんだとか。
なので国登録有形文化財になっているそうです。

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流山浅間神社、流山を包囲した官軍の本陣だった場所。
近藤勇陣屋跡とは目と鼻の先、こんな近くに陣取られては、投降せざるを得ないな。

社殿裏には高さ6mの富士塚があるものの、今回はこれもスルー。

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新川屋は呉服屋。

見事な見世蔵、ここもまだオープンしておらずでしたけど、風情と重厚さがあるなと。
こちらも国登録有形文化財。

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キッチン菜の花、お弁当屋さん。
目立つのはファンキーな黄色ながら屋根は和風、建物内も純和風なんだろうな。

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ふぅん、流山にもいろいろ歴史があるんだな。

駅に寄ってみると、駅舎もレトロでいい感じ。
ん? ここにも萌キャラ? 鉄道むすめと書いてありますね。

「幸谷なのは」はこの娘さんの名前なんだろうか。
田舎の駅らしく、のんびりと働いている風、ほっとする雰囲気。

さて、次は流山市立博物館に、というところで、続きはまた明日。




近藤勇陣屋跡
04-7150-6085 (流山市観光協会)
流山市流山2-109

2020年7月29日水曜日

【散歩】新撰組ゆかりの地、流山の街を散歩

とある週末、この日は流山に行くことに。

テレビで観た歴史ドキュメンタリーで新撰組をやっていて、家の近くで新撰組に所縁のあるところということで、思いついたのが流山。
近藤勇はここで捕まって、板橋で斬首されたんでした。

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流山に行くのは初めて。

最も歩かずに済むのは流鉄で流山まで行くパターン、今回は朝早かったので、武蔵野線の三郷から歩くことに。
流山と三郷、遠いように感じるものの実は江戸川を挟んだ対岸なんです。

流山橋は随分と時代がかった橋、これを渡って再び千葉県入り。
まずは左手にこんもりと見える丘、赤城神社を目指します。

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おぉ、凄いしめ縄だな。

毎年10月の例祭の前に大しめ縄行事があって、藁打ちからしめ縄を作るんだそう。
500kgもあるとのことで、ここに吊るすのも相当の難儀ではないかなと。

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赤城神社は不思議な地形で、周囲が平坦なところにポコッとこの神社だけが小高くなっているんです。

流山、赤城神社という2つのキーワード。


流山6丁目の赤城神社は、お椀を伏せたような小山上に鎮座しています。

 この小山(赤城山)が上州(群馬県)の赤城山の土が流れてきてできたとか、赤城神社のお札が流れ着いたとかいわれ、「流山」の地名伝説の舞台です。


引用元:赤城神社 大しめ縄行事


そう、ここは群馬の赤城山と繋がりがあるんですね。

土が流れてきたと言っても、さすがに山がそのまま流れては来ないでしょう。
とはいえ、関東平野をまたがる自然のダイナミズム、流山にはそんな由来があったとは。

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まだ朝9:00頃だというのに、赤城神社には人がわんさか。
不思議そうな顔をしながら、人のいないタイミングを見計らって写真を撮っていると、お一人が寄ってきて「今日は水神祭なんですよ」と解説してくれました。

「世の中こんな状況(新型コロナ禍)なので、これでも人数を絞ってやっているんです。」と。
お祭りが年に4回もある神社なんだそうで、地元の方の信仰を集めていることがよく理解できたなと。

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光明院、風情と気品ののある門構え。
今回は門前を素通りしたのみだったものの、こんな景色を観ながら和むのも良さそうですね。

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一茶双樹記念館。

一茶とは言わずと知れた小林一茶のこと、流山には数十回訪れていたんだそう。
江戸時代、流山は宿場町として栄えていて、味醂の醸造でも有名だったようです。

『茶房 一茶庵』では、お茶と和菓子を楽しめるようでしたけど、まだ朝早くてオープンしておらずでした。

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街角に忽然と現れる海鼠壁、ありゃ何だろう。
せっかくなのでと、近くで見てみたくなりますよね。

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流山キッコーマン株式会社、キッコーマンの味醂部門を分社した会社のようです。

壁に貼ってある写真やイラストは流山の味醂の歴史を語るもの。
これもゆっくり見ると面白いんだろうなと思いつつ、蒸し暑くなってきたので先を急ぐことにして、続きはまた明日。




【今日のワンポイント】
・キッコーマンの社名を漢字で書くと「亀甲萬」って知ってました? 亀甲と、亀は萬年の合わせだそう。ヤッターマンなどとは違い、意外に深い意味があるんだなと。

2020年7月28日火曜日

【料理】というほどのものでもないけど、お手軽な酒のツマミを2品

週末の酒のツマミに2品の料理。

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まずはシラスのアヒージョ… というか、オリーブオイルをケチっているので焼き揚げですね。

オリーブオイルもガーリック入り、なので鷹の爪を入れてフライパンで熱しておき、シラスを入れて、保存をきかせるため火を強めに通してと。
余ったキャベツ、風味付けのためバジルを散らして、仕上げにバジル入りのオリーブオイルをひと回しです。

こんな感じで、作るのは簡単ですけど白ワインのツマミとしては秀逸。
ご飯にまぶしても美味なんです。

なのでせっかく火をよく通したのに、この日の夕食で食べ尽くし。
まぁ美味しく食べることができたので良いんですけどね。

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そしてもう一品、久々に食べた刺身コンニャク。

ポイントは、上にのせたミソ。
「生唐辛子を使った七味もろみみそ」という商品で、呉にある『ますやみそ』の商品。

商品名通り、ピリッと辛さがきいていて、きゅうりにのせるだけで立派なツマミになるんです。
これを刺身コンニャクにのせると、少量でもパンチがあってコンニャクのさっぱりした味を引き締めてくれる。

これはワインより、日本酒や焼酎の方が合いますね。


ツマミが美味いと酒も進むもの。
ダイエットには天敵、でもまぁたまには息抜きもいいんじゃないかなと。




【今日のワンポイント】
・シラスのアヒージョ、オイルをたっぷりと入れて、パンにのせると美味いですよね。ピザの具にも最適な一品、塩は入れずとも、シラスの塩分で十分なことが多いです。

2020年7月27日月曜日

【散歩】街中ウォーキング、遠方に見える東京スカイツリーを目指して

そうだ、東京スカイツリーまで歩いてみよう。

そんなことを考えた休日、雨が降りそうだったし、調べてみたら東京スカイツリーまでは14kmほど。
休日に田舎に行くと普通に歩いている距離、まぁなんとかなるでしょう。

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家を出て2kmほど、江戸川に到着。
ここからならスカイツリーは見える…お、見えてるぞ。

随分と霞んでいるような…
橋を渡っている間にどんどんと見えなくなっていき、あれ、とうとう全く姿がわからず。

ってことは雨だな。
こっちに向かって雲が移動してくると…あ、降ってきた。

あっという間にざんざん振りに、傘を持っていたから良かったですけど、周囲にはびしょ濡れの方多数。
風も強くて、折り畳み傘が2度お猪口になるほど。

いやぁ、今時の雨は半端ない。

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街中に入ってしまうと、あの巨大なスカイツリーも全く見えないんですよね。
Googleマップを頼りに、国道14号をひたすら歩きます。

川に近づくと、あ、再びスカイツリー。
でもまだかなり遠い。

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中川・荒川の長い橋を渡る頃には、かなりくっきりと見えてきました。
よし、ようやく半分以上を歩いて、あと少し頑張ればいいのみ。

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旧中川沿いに入ると、川面が近くて歩くのも楽しくなってきます。
えぇと、この先で左に曲がるので、次の橋で渡らないとな。

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橋を渡る時、ちょうど足元からカヤックが登場。
静かな川を滑るカヤック、話し声まで聞こえてくる距離感。

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北十間川、川幅がかなり狭いですね。
スカイツリーの存在感は否定しようもなくなり、常に目に入るようになってきたなと。

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スカイツリーに到着、ここまで2時間半弱。
時速6kmで歩き続けたので、そこそこ疲れたけど気持ちよかった。

目の前にそびえるスカイツリーに達成感を覚えながら、さて、錦糸町駅までプラス1.5km。
今日はよく歩いた1日でした。




【今日のワンポイント】
・スカイツリーは、いつでもどこからでも見える訳じゃない。特に徒歩だと、5km離れたらほとんど見えないと思った方がいいくらい。

2020年7月26日日曜日

【グルメ】ちょい濃い目の関東風、これが成田駅そばの旨さのポイント

成東からの帰り道、駅近辺にお店がほとんどないので、移動してランチを食べようかなと。
そうだ、成田空港LCCターミナルで食べた讃岐うどん、あれ美味しかったな。

どうせ空港はガラガラだろうし、「ニッポン城めぐり」で成田空港近辺の城を2つ落としておらず。
よし、あの讃岐うどん食べて行くことにするか。


成田空港に到着、成田空港LCCターミナルは想定通り空いています。
と、あれれ、讃岐うどんのお店も閉まっているぞ、人が少ないので、お店も全部やっているわけじゃないのか。

仕方ないと、第1・第2ターミナルでも店を探したんですけど、どうも今一つピンと来ないんです。
値段も高いしボリュームもありすぎ、こりゃ諦めて移動しよう。


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そこで思いついたのが成田駅にある『駅そば 成田駅そば店』、何年か前に入って、意外に美味かったんですよね。

お店に入ると、お客さんは一人もおらず。
14:30を過ぎてたので、そりゃ誰もいるわけないか。

券売機でわかめ蕎麦をチョイス、390円と値段は極めて安い。
完成までは1分ほど、麺は温めるだけなので、味には期待はできない様子バリバリだけど… 以前、美味しいと感じたのはなぜなんだろう。

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よし、お腹が空いたぞ、それでは頂きます。

先ほどの疑問、答えはすぐにわかりましたよ。
麺ではなく、汁の味が濃くてしっかりしているんです。

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ワカメはごく普通、蕎麦も少しふやけていて、ごく普通の駅そばレベル。
でも、汁には出汁がきいていてチョイ濃いめ。

この汁が絡まると、蕎麦もネギも美味しく感じるんですよ。
飲み過ぎると辛いと感じるものの、いかにも関東っぽい蕎麦汁、美味かった。

ご馳走さまでした。

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成田山 賽銭箱貯金箱(鍵付き)
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駅そば 成田駅そば店
0476-24-4417
成田市花崎町828-2 JR成田駅(改札外)
営業時間 7:00(日祝は8:00)~20:30(土日祝は19:00)
年中無休

2020年7月25日土曜日

【散歩】九十九里を臨む成東、こんなに大きな城があったとは

波切不動尊のすぐ近く、ここに成東城址があるというので、せっかくだから寄ってみましょう。

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成東城、室町時代に千葉市家臣であった印東氏の城として築かれたもの。
その後、江戸時代初期には青山忠成が入城し、1620年に岩槻に移封、廃城となったという歴史です。

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当時の土塁や空堀は、成東城址公園として保存されています。
城跡にしては随分と緩やかな坂道、若干の違和感を憶えながらも本丸らしき曲輪へ。

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結構な広さ、南東側は切り立った崖ですけど、その他の方向は全てなだらかな…
ん? そうか!

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もしやと思ったのは、残っているのは城のごくごく一部では、ということ。
Google Earthで確認してみると、城があったのは独立した小山、かつては山全体が城だった訳ですね。

北~東は作田川に守られた30mほどの小山、なるほど、これはスケールが大きい。

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城址公園には曲輪のみが残っているようで、その間の空堀もさほどに深くはなし。
まぁここまで攻め上がられたら補給もままならず、あとは逃げるしかない地形ですからね。

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崖の下に広がる街並み、晴れていたら海まで見渡せるんでしょう。
城があった当時は、何も遮るものもなく砂浜が広がるのはさぞや絶景だったでしょうね。

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いつもの如く観光客は誰一人いない城内でしたけど、九十九里沿いの典型的な造りであったろう城址、期待していたより面白かったなと。



成東城址公園
0475-80-1202(山武市都市建設部都市整備課)
山武市成東2654
出入り自由