モーションウィジット

2020年2月29日土曜日

【観光】伊奈家とともに栄枯盛衰、菩提寺の源長寺へ

食事を済ませて寒さも一段落。
よし、次は赤山陣屋に隣接していた源長寺に向かうことにしよう。

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首都高川口線を渡るのは歩道橋。

比較的新しい道路のせいか、上を車がビュンビュン走っているとは思えない静かさです。
別の世界への入り口みたいで、心なしかワクワク。

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源長寺に到着、赤山城北端の出丸からここまではそこそこの距離があって、当時の規模を足で知ることができたなと。
源長寺も、かつては参道が長い寺だったらしいですけど、今や宅地に飲まれて普通のお寺になっています。

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お釈迦様の涅槃像、亡くなられたのは2/15だったのか。

説明板に書かれた文章がなかなか素晴らしかったので、一部を引用させて頂きます。
「中天にかかる月は煌々と釈尊の身を照らして、寂として声なく見守る弟子達からやがて鳴咽の声がおこリ、次第に慟哭へと変わっていった。このとき、風は死し、林の音は止み、流れは静まり、鳥獣は声を断ち、百花は同時に萎み、緑葉は一斉に赤ばみ、沙羅樹は低く枝を垂れた、と悲しみの様子を大般涅槃経には説かれている。」

どうやら源長寺のご住職が書かれたもののようですけど、悲しみの様子をドラマティックに表現。

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源長寺は伊奈家の菩提寺で、1618年にこの地にあった古寺を再建したものらしい。
その後一時は格式高いお寺として権勢を誇ったものの、伊奈家の改易とともに没落、ここまでの復興したのは昭和の末期、30年ちょっと前のことなんだそうです。

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伊奈家の墓、改易の関係で「代々の墓」という訳ではないらしく。

ところで、その改易の理由はというと、10代伊奈忠尊の時代、天明の大飢饉対策。

庶民の打ち壊しを防ぐために買い付けた米の代金を幕府に対して期限内に返せなくなり、延納を申請したが却下されたことでの幕閣との確執。
これを危惧した家臣からの家督委譲の連判状に対して、断固たる対処が幕府への訴えに繋がったこと。

裏には、幕閣の忠尊人気への危惧もあったという説もありますが、果たして本当かどうか。
まぁ引っくるめれば、庶民にサービスし過ぎてしまったのが原因なんですね。

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源長寺を離れて、近くの新井宿子日神社、西新井宿氷川社に。
2つの神社は、かつての日光御成街道を挟んで向かい合っており、今でもその形が残っています。(写真手前が氷川社、奥が子日神社)

名前からご想像の通り、日光御成街道は将軍が日光参拝する際に通る道。
その両側に神社とは、有り難さ倍増だったんでしょうね。

さてと、次はいよいよ、鳩ヶ谷宿に向かうとするかな。


源長寺
048-284-1631
川口市大字赤山1285

2020年2月28日金曜日

【グルメ】蕎麦を美味しくする魔法のトッピング

この日は冷え込みが厳しく、外を歩いているだけでも寒い。
お腹空いたな、けど鳩ヶ谷の街まで我慢するしかないかな…

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ん? 首都高の川口PA、高速外からも入れるようになっているのか。
従業員用の裏口に若干の不安感を持ちながら、看板に出ていたスタミナもつ焼き丼についつい惹かれて。

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お店は『けやき食堂』という名、高速道路のPAにしては小ぢんまりとまとまっています。
味はどうかな…でもお腹空いたし寒いし、今日はここで食べればいいや。

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スタミナもつ焼き丼を食べる気満々でしたけど、いざ券売機を見ると、ちょっとカロリーが高過ぎるかなと。
身体を温めるためにも汁物、蕎麦にしよう。

そしてどんな蕎麦でも美味しくなる魔法、かき揚げをつけてと。
お、生卵入りにもできるのか、今まで食べたことない組み合わせなだな。

そんな思考回路で選んだかき揚げ天玉蕎麦、確か580円。
よし、それでは頂きます!

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まずは汁を一口… ん!何これ。
程よい味加減で、意外に美味いじゃないか。

決して凝った味ではないんですけど、甘味や塩加減のバランスが整っています。
そうか、かき揚げの油も美味さの一要素、さすがは魔法の食材。

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そして麺にと。
うどんだか蕎麦だかという外見の割に、蕎麦の風味も感じます。

茹で加減もほどほどで、これは美味。
空腹がそう感じさせるのか、と何度かズズッと、いやいや、そんなことはないような。

生卵を溶いて蕎麦に絡めると、また別の味。
これ、美味いな。

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かき揚げは、全て汁に浸して混ぜるのがポイントなんですよね。

汁には油分が更に溶け出し、かき揚げの野菜にも卵のコクが絡まり、麺を啜る都度、口の中に広がる美味しさ。
気楽で親しみのある友人に再会したような味わい、ご馳走さまでした。

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このPA、昼時だというのに、大丈夫かと思うほど空いているんですよね。
メニューも豊富だし味もよし、機会があったらまた来ることにしよう。


けやき食堂
048-294-4811
川口市赤山430-1 川口パーキングエリア
営業時間 6:00~21:30
年中無休

2020年2月27日木曜日

【観光】200年前、鳩ヶ谷に大阪城並みの城があったとは

赤山陣屋、または赤山城。
そんな城が江戸時代にあったなんて、これまで全く知らずでした。

鳩ヶ谷宿を歩こうとGoogleマップを眺めていた時に偶然発見して、これは現地に行ってみないとなと。

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大まかな場所は、首都高川口線と外環道の交点の東南東、埼玉高速鉄道だと新井宿と戸塚安行のちょうど真ん中あたり。
二つの高速道路に挟まれた場所なので、少々行きにくいところです。

いざ現地に着くと、そこにはだだっ広い田舎の風景があるのみ。
知らずに行っても、ここに城があったなんて誰も思わないでしょうね。

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遊歩道の入り口には、かつての城の姿が解説されています。
広さはなんと、大阪城とほぼ同じ、広大な敷地に堀もしっかりと巡らされていた陣屋なので、赤山城とも呼ばれていたんだとか。

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ゴミや犬の糞の看板が目立ちますけど、ここがかつての本丸。
平城だったとはいえ、なんでこんなに「何もない」のか疑問ですよね。

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ここの城主は伊奈家、そう聞いて伊奈忠次の名前が出てくる方は歴史オタと言えるんじゃないかなと。

伊奈忠次は、利根川の東遷や江戸周辺の治水・開墾に尽力した大名。
その後、子孫が関東代官としてこの地に陣屋を構えています。

5代忠順は富士山の噴火で困窮した被災者救済に尽力、10代忠尊は天明の大飢饉に際して備蓄米を江戸市中に放出するなど、庶民派の当主が多い家系のようです。

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1792年に伊那家は改易、陣屋の建物や家臣の家は壊され、土地は払下げに。
なるほど、200年以上も前にこの状態になってしまったのなら仕方ないですね。

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現在は空堀が復元されるなどしていますけど、もっとそれらしくすればいいのに。
高速道路で分断されたとはいえ、逆にいえば遠方からは交通の便がいい訳で、観光客もそれなりに来るんじゃないかと思うんですけどね。

オタクな歴史観光の地、ご興味があればどうぞ。


赤山陣屋跡
048-222-1061(川口市立文化財センター)
埼玉県川口市大字赤山字陣屋敷他

2020年2月26日水曜日

【観光】鳩ヶ谷宿に向かって散歩、竹の小径が心地よい

とある休日、この日は冷たい北風がビュービュー吹く日でしたけど、天気がいいので街歩きに。

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目指した先は、赤山陣屋と鳩ヶ谷宿。
この冬は埼玉を歩いているのと、近いのに行ったことがないのと。

鳩ヶ谷って、市名からも消えましたよね。
今となっては川口市、でも江戸時代には栄えていた地域。

武蔵野線の東川口駅から埼玉高速鉄道に、戸塚安行という駅から歩き始めです。

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まず向かったのは『西福寺』。
なぜここから? いや、何となく。

古刹と聞いたので、何か見ものがあるんじゃないかなと。

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三重塔は、江戸時代の建築。

3代将軍家光の長女、千代姫が願主で中には位牌もあるんだとか。
埼玉県内で最も高い木造建築物なんだそう。

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百観音は観れるのかなと本堂へ。
う~ん、どうやらそんな雰囲気もないなと、合掌だけしてすごすごと戻ってきました。

裏にある百観音公園にも行ったんですけど、これといった見どころはなし。
寄る必要はなかったかなと思いながら歩いていると… ん?

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赤山城跡、つまり赤山陣屋跡に向かう小径を発見。
方角的により近そうな細い道、車も通らなそうな方を選択。

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ほぉ、こんな道が整備されているとは…いや、昔の道がそのままなのかな。

後で知ったんですけど、西福寺は赤山陣屋の北側の小高い丘の上。
陣屋防衛の戦術的拠点として重要な場所、ここまでの通路が残っているとしても不思議ではないなと。

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更に歩くと、お、外環道が見えてきた。
赤山陣屋は外環道で分断されており、出丸がこの右側にあったようです。

さて高速道を潜っていよいよ赤山陣屋に、というところで、続きはまた明日。


西福寺
048-296-3931
川口市西立野420
参拝時間 自由

2020年2月25日火曜日

【特産品】喉越しもコシも素晴らしい麺、豆乳は何処に

豆乳麺って、聞いたことあります?

佐賀県小城市のふるさと納税返礼品。
最初にこの文字を目にした時は、てっきり豆乳ベースの汁に漬ける素麺かと思ってました。

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パッケージを開けてみると、あれ、汁は黒いぞ。
そして麺に「豆乳麺」なる文字、ってことは麺に豆乳?

ホームページの説明文によると、
・フクユタカ大豆の豆乳を搾って無調整で麺に
・素材も科学調味料や添加物は使っていない…

ん? 科学調味料?
普通の化学調味料よりも凄そうですね。

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調理はごく普通のうどんと同じ。
5~6分茹でてから、冷水につけて締めるのみ。

写真は日光でコントラストができてしまいましたけど、普通に白い麺。
艶っ艶で美味しそうだな、よし、頂きます!

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同梱されてきた汁につけてと。
ズルっと一口、う~ん、美味い!

コシがあって喉越しよし。
そして噛むと甘味を感じるのは、豆乳が貢献しているのかな。

でも豆乳の風味がある訳ではなく、言われなければわからないでしょうね。

豆乳は隠し味だと思えばいいのか。
美味しいうどんであることは間違いないんですけど、豆乳ならではの何かがある訳じゃないんです。


続けて釜揚げでも少々、麺がくっ付きにくくて食べやすい。
味は冷水締めと大きく変わることはなかったかな。


まぁいずれにせよ、コシの強さと喉越しは最高。
最近は素麺ベースのエスニックもありますけど、麺をこれに変えると味が変わっていいかなと。
パスタ代替でも美味しそうです。

なかなかの味、ご馳走さまでした。


【今日のワンポイント】
・この麺、豆乳を麺の30%以上使っているとのこと。水の代わりに豆乳を入れるのかな。

2020年2月24日月曜日

【買い物】新型コロナなんかに負けず、紅白大福を求める大行列

旬なネタということで、この週末にオープンした近所のスーパーについて。

家から徒歩3分、至近な場所にオープンしたのは『Belx』。
えらく便利な場所なんですけど、元々更に近いところにスーパーは2軒あったんです。

徒歩3分圏内にスーパーが3軒という立地、しかもコンビニもすぐ目の前とは。
いつの間にやら、ずいぶんと便利なところに住んでいるんだなと。

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開店は朝9:00、8:15分頃から行列ができ始めて、8:55には長蛇の様相。
これは早く行かなきゃなと行列の末尾について、店内に入るまで待つこと30分ほどかかりました。

自衛隊イベントで並ぶことに慣れているので気になりませんでしたけど、これも年の功の一つなんでしょうね。

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皆さんお目当ては、先着1,000人の紅白大福。

列に並んでいる時、後ろの親子連れは「いやいや、こりゃ1,000人以上いるから無理だな」と。
私は500人も並んでいないと楽観していたので、同じ状況でも悲観楽観は人によって様々で面白いなと。

結果、大福は大量にあって、前の家族なんて1人1個、計4つも貰ってましたよ。
普通に美味しい大福ではありましたけど、1人2個ずつとは、またパワフルですね。

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入場制限しながらも、店内は人がいっぱい。

新型コロナウィルスで、人混みを避ける風潮なんてどこへやら。
オープニング記念の安い商品は、警戒心を麻痺させるようです。

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今回買ったものは様々ですけど、お昼ご飯用に寿司。
本マグロ握りは499円、中トロクラスで本格的な味でしたよ。

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そして握りとちらしのセット、こちらも499円。
握りとちらしの組み合わせなんて珍しいなと。

ちらしは、蟹、サーモン、ネギトロ、イクラに甘エビ。
普通に考えれば軍艦巻きの具、そうか、海苔の原価がそこそ高いので、ちらしにしてコストを抑えているんだなと。
味は普通ですけど、コスパで考えれば、これはお得。

際立った特徴はないものの、これまであったスーパーとは品揃えも被らず。
この店はこの店で、今後も活用していけそうです。


【今日のワンポイント】
・スーパーBelxは、東京、千葉、埼玉それぞれに10店舗強ずつ展開している中堅スーパー。毎年店舗を増やしており、順調に成長を続けているようです。

2020年2月23日日曜日

【観光】起業王渋沢栄一は、小さな巨人だったんだ

妻沼聖天堂には、1時間半ほど滞在。
さきたま古墳公園もそうでしたけど、それぞれ内容が濃くて想定以上の時間が掛かったなと。

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国宝の拝殿を観た後に寄った『聖天寿し』、でっかいいなり寿しを買おうと思っていたんですけど、なんと売り切れ。

う~ん、着いた時にはまだ売っていたんだよな。
どんだけ大きいのか、この目で確かめたかったな。

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次に向かったのは、車で20分ほどの距離にある渋沢栄一記念館。

こちらも利根川沿いにあって、公共交通機関での移動だと1時間半以上かかるんです。
車のメリットを改めて感じますね。

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赤城山を見つめる渋沢栄一の銅像、これ、高さ3m以上はあるんじゃないかな。

でもこの銅像、何かが違うような…
そうだ、頭が大きすぎて、何かのキャラみたいなんだ。

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このパネルを見てわかりましたけど、渋沢栄一は身長が150cmほどしかなかったようです。
正に「小さな巨人」、にしてもこのパネル、正面から見ると蝋人形のような立体感。


渋沢栄一の生まれは豪農、藍の仕入れや販売で子供の頃から計算能力が必要だったのが、後に活きたらしい。
20歳台前半には剣術を学んだり、尊王攘夷に染まって高崎城乗っ取りを企てたり。

一橋家の家臣となった後に慶喜が将軍になり、パリ万博に徳川昭武の随員として加わったのが転換点。

ヨーロッパの経済の仕組みや株式会社を学んで、日本にもこの制度を取り入れて。
その後は多種多様な会社設立に携わり、その数500以上というのは有名な話ですね。

そんな流れについて、ボランティアガイドさんが熱心に語ってくれるのはわかりやすい。
とはいえ、記念館の展示物は日記や書物などなど、正直、それほど面白くはないかなと。

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車で5分ほどの距離には「渋沢栄一生地」。
「生誕の家」ではなく「生地」なのは、家は後に妹夫妻が建てたものだからだそうで、渋沢栄一本人は帰省の際に寝泊まりした程度なんだそう。

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家をじっと見つめる像は、若き日の渋沢栄一だそうですけど、ちょっとスタイルが良過ぎるかな。
この家も見学可能でしたけど、帰りの渋滞も気になって今回はスルーでした。


埼玉県北部のドライブ、全体を振り返ってみると、一番最初に渋沢栄一関連を観て、妻沼聖天堂、さきたま古墳公園という流れの方が良かったかなと。
徐々に東京に近づいていくし、スケール感が徐々に大きくなっていくので、最後まで飽きることなく観ることができそうです。

同じコースを辿る方がもしいれば、ご参考になさってください。


渋沢栄一記念館
048-587-1100
深谷市下手計1204
開館時間 9:00~17:00
定休日 年末年始

渋沢栄一生地(中の家)
048-587-1100 (渋沢栄一記念館)
深谷市血洗島247-1
開館時間 9:00~17:00
定休日 年末年始

2020年2月22日土曜日

【観光】700円の拝観料で、それはそれは煌びやかな世界に

いくら国宝だからって、本殿を観るだけで700円はちょっと高過ぎじゃないか。
でもここに来ることはもう二度とないだろうし、まぁ仕方ないかな。

そんな不満を持ちながらでしたけど、これは絶対に観ないと損。
立派な彫刻と彩色の美、こんな場所にあったとは。

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左に見えるのが本堂で、鉄柵のこちら側に入るのにお金がかかるんです。

向こう側で「どうしようかな」と悩んでいる時、本殿の一部がチラッと。
色物のチラ見せ、いかにも好奇心を唆る魅せ方なんかに私ゃ引っかからないぞと思っていたんですけれどけ、ここは凄い。

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囲いの中に入ると、バーンと目の前にこんな風景。

床下から屋根まで、ビッシリと一面の彩。
日光東照宮が更に凄いのは知っていますけど、よりコンパクトに、集中的にある方がむしろ美しく見えるような。

ただ観るだけじゃ「凄いな」なんですけど、ボランティアガイドさんのお話を聴くと理解が深まるんですよ。

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「白い彫刻は象、当時の日本には象がいなかったので、絵や想像を元に作ったものなんです。」
(うん、そりゃそうだな。)

「その右側、本来なら紅く塗られるべき部分が塗られていないの、見えます? これは敢えて塗らないんです。」
「完成させると、後は崩れていく一方。建物に限らずですけど、昔の日本には『完成させない』という美意識があったんですよ。」
(へぇ、そうなんだ。現代の高層ビルなんかでも、わざとボルトを閉め忘れたり、なんてことやってないよな…)

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「この彫刻、鷹(あれ?鷲だっけ?)が猿を虐めているみたいでしょ。そんな殺生をここに彫る訳がない。」
「これは、落水した猿を鷹が助けた、という図なんです。」
(微妙だけど、そう言われりゃそう見えるかな…)

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「これが作られた江戸時代中期は、景気が悪かったんです。なので少しでも笑いをということで、七福神も遊んでいる姿で。」
「日光東照宮の施工も終わった後なので、その技術がここにも受け継がれているんですよ。」

「でも公費は一切使われておらず、民間の寄付のみで作られている、これも凄いですね。」
(確かに凄い、莫大な寄付ができるとは、それだけこの地の方は豊かだったんだな。)

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「専門家の間で、最も評価の高い彫刻はこれ。」

その理由は聞いたような気もするけど、周囲の井戸や他のものに気を取られて忘れてしまいました。
今改めて見ても、これだけ生き生きとした姿を1枚の板から彫り出す技、しかも手彫りでというのは凄いことだなと。

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最後は拝殿まで戻って、そこでガイドはお仕舞い。
丁寧な解説を30分強、いやぁ勉強になりました。

ここを訪れたら是非、お話を伺うべきだと思いますよ。


妻沼聖天山歓喜院
048-588-1644
熊谷市妻沼1511
拝観時間 9:30~16:30
(ガイドは10:00~16:00の定時開始)

2020年2月21日金曜日

【観光】妻沼聖天山、風変わりな門やら小説舞台の割烹店やら

「妻沼」と書いて、「めぬま」と読める方は埼玉通なのか。
私には「つまぬま」としか読めず、ここに国宝のお堂があるのも知らずでした。

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その国宝がある妻沼聖天山、まず貴惣門は国指定重要文化財。
屋根が二層になってますけど、下の屋根は手前と奥で別々、合計3つの屋根があるんです。

鬼を踏み付ける毘沙門天と持国天の像があって、巨大な像の迫力はなかなか。

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武士の像は、熊谷だから熊谷直実…いや、斉藤実盛とな。
どちらも平安末期~鎌倉初期の武士ですけど、このお寺を開いたのが斉藤実盛なのか。

斉藤実盛は、幼少時の木曽義仲を助け、時代が巡り巡って最後は木曽義仲の軍に討たれたんだとか。
最後の陣では老兵と悟られぬよう髪を染めた、その様子が像になっているらしい。

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ここのご本尊は歓喜天、ヒンドゥー教起源の神。
灯籠のにしがみつくこの像は、それと関係があるのかどうか。

いずれにせよ、普通の寺ではなかなか見ないもの、可愛らしいですね。

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境内の割烹料理千代桝、「残雪の家」という碑は何だろう。
田山花袋…あ、作家だっけ?

ここで記憶を辿るのをギブアップ、ネットで調べてみると、明治から昭和の作家で、「残雪」という小説の舞台となったお店のよう。
鰻2,800円は都内と比べりゃ高くはないですけど、それでもちょっと贅沢過ぎる。

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仁王門には、紐で鳴らす鐘がついているのは珍しいですね。
あれ、写真をよく見ると、右前を歩く人がよろめいているけど、まぁ関係ないか。

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本堂の彫刻、確かにこりゃ立派だな。
でもこれで国宝とは、ちょっとショボい…

いやいや、無料で観ることができるのはここまで。
本堂正面はほんの触り、国宝の真髄を観るには700円を払わにゃいかんのですよ。

そちらの様子については、また明日の記事にて。


【今日のワンポイント】
・妻沼のお隣は深谷。深谷といえば、ネギで有名ですよね。同じ畑のネギでも、深谷に出荷すりゃ深谷ネギ、妻沼だと妻沼ネギ。深谷の名の方が若干高めということです。ってことは、ネギは妻沼で買うのがお得、ってことですね。