・会津まつりのハイライト、「会津藩公行列」を見物。出陣の儀式に始まり、蘆名氏、上杉氏、加藤氏といった歴代領主が次々と登場。戊辰戦争で戦った藩士や新選組、そして会津の女性たちの雄姿など、400年にわたる会津の歴史が目の前で繰り広げられる壮大な歴史絵巻を堪能。
鶴ヶ城の本丸を散策した後、いよいよ「会津まつり」のメインイベントの一つが始まります。
会津藩の歴代藩主、幕末の志士たちに扮した人々が城下町を練り歩く「会津藩公行列」です。
- 概要: 会津藩歴代藩主の入城を再現した歴史行列。
- 歴史: 昭和3年から続く伝統ある祭り。
- 規模: 総勢約500名が参加する壮大なスケール。
- 見どころ: 武者姿の行列に加え、奴隊の毛槍の投げ渡しやなどユニークなものも。
出陣の儀式と、歴代領主の登場
行列の出発に先立ち、まずは鶴ヶ城本丸で「出陣の儀式」が執り行われます。
これは天守閣から鏑矢を放ち、行列の安全と成功を祈願するもの。
厳かな雰囲気の中、いよいよ歴史絵巻の幕開けです。
会場は鶴ヶ城の本丸広場。
紹介された藩公とその部隊が次々と会場に入場、主要なメンバーは特設ステージへと上がっていきます。
ステージ上には、蒲生氏郷、上杉景勝、加藤嘉明、保科正之、そして松平容保などなど、会津の歴史を彩ったそうそうたる顔ぶれが勢揃い。
ステージではこの後もイベントが続くようですけど、私は途中でそっと抜け出し、行列を撮影するためのベストポジションを探すことにします。
移動の途中、お、なんだこの変わった造りの石垣は。
これは「武者走り」といって、城兵が石垣を素早く昇り降りするための通路。
石垣と並行に取り付けられたV字型の武者走りは全国的に見ても非常に珍しく、鶴ヶ城の大きな特徴の一つなんだそうです。
天守を背に、歴史が動き出す
会場を早く抜け出した甲斐あって、天守閣の横手、遠くから行列全体を見渡せる絶好の撮影スポットを確保。
すぐ隣には会津まつり専属のカメラマンも陣取っていたので、ここはかなり良い場所なんでしょうね。
まず最初にやってきたのは、初代領主の蘆名直盛。
鶴ヶ城の原型となる「東黒川館」を築いたのがこの蘆名氏です。
伊達政宗に滅ぼされるまで、約200年もの長きにわたりこの会津の地を治めた蘆名氏。
まさに会津の歴史の礎を築いた一族ですね。
続いては、豊臣秀吉の時代に越後から会津120万石へと移封されてきた上杉景勝。
直江兼続とともに新たな城下町の整備を進めまたものの、関ヶ原の戦いで西軍についたため、わずか3年で米沢へと転封されることになります。
短い期間ではあったものの、会津の歴史における重要な転換点だったんだろうなと。
賤ヶ岳の七本槍の一人として知られる猛将、加藤嘉明。
彼は鶴ヶ城の改修を行い、現在の五層の天守の基礎を築いた人物なんだとか。
その加藤嘉明に扮するのは…ん?
この方は、城郭考古学者の千田嘉博先生。
底抜けに明るいキャラクターで、テレビなどでもお馴染み。
ファンも多い方ですね。
幕末の動乱、会津の魂
行列の後半は、いよいよ、戊辰戦争の時代の会津藩士たちです。
徳川家への忠義を貫き、最後まで新政府軍に抵抗した会津藩。
その悲劇の歴史は、今もなお多くの人々の心を打ちます。
白虎隊をはじめとする若き藩士たちの姿。
「ならぬことは、ならぬものです」という、「什の掟」に象徴される会津武士の魂。
その精神は、今もこの地に脈々と受け継がれているのでしょう。
会津藩とともに戦った新選組の姿も。
鬼の副長として恐れられた土方歳三は、鳥羽・伏見の戦いに敗れた後に会津へと向かい、新政府軍と激しい戦いを繰り広げました。
たとえ敗戦濃厚となっても、武士としての義を貫き通したその生き様。
多くの歴史ファンを魅了してやまない、幕末のヒーローです。
会津戦争を戦ったのは、男たちだけではない。
藩主・松平容保の義姉である照姫(てるひめ)、後に「幕末のジャンヌ・ダルク」と称される山本八重(新島八重)。
そして若くして家老の家に嫁ぎ、籠城戦では負傷者の看護にあたった山川艶(つや)。
彼女たち会津の女性の凛とした強さもまた、この歴史の重要な一ページ。
会津藩の狙撃隊、外国の方ですね。
アナウンスを聞いていると、どうやら海外から来た人気ユーチューバー。
国際色豊かなのも、現代の祭りならではだなと。
最後に
というわけで、鶴ヶ城を舞台に繰り広げられた壮大な歴史絵巻。
一通り、その行列を見届けることができました。
点と点だった会津の歴史上の人物たち、この行列を通して一本の線として繋がったような気がします。
さて、この後、行列は城下町へと向かいます。
私も街中へと移動し、そこでもう一度、この行列を見てから会津若松駅へと向かうことにしよう。
その方が帰りの電車に乗るのも楽ですからね。
というところで、続きはまた明日。
【おまけのワンポイント】
・藩公行列の起源について、Geminiに聞いてみました。 「昭和天皇の弟である秩父宮雍仁親王(ちちぶのみややすひとしんのう)と、旧会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)の孫娘である松平勢津子(まつだいらせつこ)がご成婚されたことを祝って行われた提灯行列」。随分と形が変わったんでしょうけど、脈々と続いているんですね。
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