モーションウィジット

2023年1月24日火曜日

【旅行】路面電車に乗って、未完の名城吉田城を観光

【この記事のポイント】
・豊橋はかつて吉田城があった街、素晴らしい石垣が今日でも残る見応えある城跡



一昨日の「豊橋は江戸時代には何藩だったか」という問いの答えはおわかりになりましたでしょうか。
答えは「三河吉田藩」、吉田城という城もそういえばありましたね。

藩主は譜代大名が入れ替わり立ち替わり、出世する人も多かった三河吉田藩。

明治時代になり、「伊予吉田藩と紛らわしい」ということで豊橋藩に変わったんだそうですけど、私にとってはこっちの吉田の方がよっぽど馴染みあり。
徳川家に縁のある藩への嫌がらせとしか思えずですね。

豊橋駅前に出てみると、むむ、あれは何だ?
豊鉄市内線、正式名称は豊橋鉄道東田本線というんだそう。

1925年から営業している路面電車で、総延長は5.4kmと短いもの。
とはいえ路面電車は希少な存在、鉄オタではない私でもついつい乗ってみたくなるものです。

運賃は一律180円、Suicaも利用可能。
車内は横向きの席が細長く並ぶ造り、古風でいい雰囲気です。

ゆっくりコトコトと揺られ、目指すは吉田城址。

まずは常夜灯を見学。
この常夜灯、火除の神である秋葉大権現の常夜灯で、東海道と本坂道の分岐点に建てられたものとのことで、吉田城の惣門近くに建てられたもの。

かなりの大きさなので、今日見ても迫力を感じると思います。

広大な城址は役所や警察などの公共機関、公園や宅地に変わっています。

北側には川が流れて天然の堀、他の三方も豊富な水を活用して三重の堀を巡らせているという構造。
平城とはいえ防御力は高そうな造りながらも、城を築き始めた池田輝政が完成前に姫路に移封になった後、完成することはなかったんだそうです。

北を流れる豊川から城趾を眺望。
これだけの水量と川幅があると、人馬での渡河はまず無理でしょう。

城の北東部で豊川はかなり不自然に曲がっているのは、高低差がほとんどないためなんだろうなと。
なので川が蛇行してしまう訳で、防御に優れている反面、治水に苦労した城だったというのが想像できます。

川側から本丸に繋がる階段、恐ろしいほどに急勾配です。
川は補給路にもなっていたんでしょうけど、荷物をこの階段から上げるのはキツかったでしょう。

本丸に再現されているのは鉄櫓。

ん? テツロ?
いや、これはクロガネヤグラと読むそうですよ。

知らずに観れば、これが天守閣だと思うんじゃないかな。
かつて櫓は本丸の四隅それぞれあり、全て揃えばかなり立派だったのは間違いない。

見事に残っているのは石垣、建造物の複雑さを今に残しています。
本丸内に天守閣を建てるのではなく回廊状に櫓を巡らすという造り、どっかで見たことあるよな...

あ、宇都宮城だ。

関東七名城の一つと言われた宇都宮城も、吉田城と同じく天守閣がなく本丸の四隅に櫓があるという造り。
天守閣を建てるより、この方が防御力が高いというのは理解できますね。

急な思いつきで寄った城でしたけど、なかなか見応えあったことに感謝です。

豊橋駅に戻る途中、『勢川』といううどん・そば屋さんを見つけて入ろうか迷ったんです。
11:30という時間にも関わらずほぼ満席、これは諦めて次の目的地に向かうしかないな。

というところで、本日は長くなってきたのでこの辺で終わりと頂きます。




【おまけのワンポイント】
・吉田城は幕府の要職を占める譜代大名が城主に選ばれており、出世城とも呼ばれていたんだそうです。

0 件のコメント:

コメントを投稿