モーションウィジット
2026年9月29日火曜日
【旅行】鹿島神宮の御手洗池から要石へ。旅の締めビールと、無敗の剣豪・塚原卜伝
【この記事のポイント】
・1日40万リットルの湧水に癒やされる御手洗池。AIで人を消した清らかな水面と三色だんごの記憶
・要石とナマズの石像に手を合わせ、参道で見つけた冷たいビールで旅のフィナーレに乾杯
・212人を討ち取った剣豪・塚原卜伝の碑。佐原・鹿島を巡る充実の旅を終えて帰路へ
昨日に続いて鹿島神宮の記事、奥宮から更に奥に進みます。
1日40万リットルの湧水。神聖な空気が漂う御手洗池
御手洗池、鹿島神宮のなかで私が最も好きな場所なんです。
古くは参拝者がここで身体を清めてから、神前に向かったという池。
1日40万リットル以上の湧水が出ているんだそう。
かつては船の船着き場。湖の底だった街の記憶と清らかな水
神社の最も奥にあたるのに、「ここで身体を清めてから」というのはちょっと不思議ですよね。
鎌倉時代まで北浦は現在よりも広く、現在の鹿島神宮駅をはじめ市街地は湖の底。
参拝に来るのは船、御手洗池の近くに上陸地点があった、ということなんだそうです。
写真では人がおらず神聖な静寂が漂っていますけど…
実は結構な人がいたのを、AI技術で綺麗に消し去ったのはここだけの秘密。(あ、言っちゃった)
神聖な空間を再現するためのデジタルな禊(みそぎ)、神様もきっと許してくれるでしょう。
12年前の思い出が甦る。ランチ直前に母と食べた三色だんご
お、三色だんご、12年前に食べたなぁ。
この後すぐにランチだというのに、母がどうしても食べたいと言い出して、仕方なく付き合ったんだったっけ。
ナマズを押さえ込む武神。記憶に刻まれる小さな石像
ナマズを押さえ込む武甕槌大神の石像。
小さな石像なんですけど、これがあるおかげで鹿島神宮=武甕槌大神というのが記憶に残るんですよ。
香取神宮にも経津主大神がナマズの尻尾を押さえる石像があれば、経津主大神の記憶も残るだろうに… ん?
実は存在しているのに、私が認識していないだけ?
やばい、これはますます罰当たりってもんですね。
地中深くへと続く巨石。露出が増えたようにも見える要石
要石に到着、なんだか以前よりも露出部分が増えたような。
香取神宮でも思いましたけど、これが特別な石、地中深くまで続いている巨石であるとよくわかったものだなと。
答えは神のみぞ知る、ですかね。
さて、表参道まで戻ってと。
あとは電車で家に帰るのみと来りゃ…
あっ、Sさんはもう呑んでいるじゃないですか。
旅の締めくくりはビールで。参道で見つけた至福の乾杯
私も負けじと。
今回の旅、なかなか面白かったなということで、皆で改めて乾杯。
(我々2名以外は、ソフトドリンクやソフトクリームでした)
表参道で見送る鹿の像。古の記憶を宿す鹿島のシンボル
表参道を駅に向かうと、鹿のモニュメント。
地名にある通り、この地は古くから鹿と縁が深い場所。
参道で出迎えてくれる凛々しい姿を見ていると、神の使いとして大切にされてきた歴史の重みを改めて感じますね。
生涯無敗の剣豪。鹿島新當流の開祖・塚原卜伝の凄まじい戦績
鹿島で剣を下げているといえば、鹿島新當流の開祖、塚原卜伝ですよね。
彼が生きたのは1489〜1571年、戦国時代真っ盛り。
弟子が残した戦績の現代語訳を引用しましょう。
・真剣(本物の刀)での決闘が19回、戦場での合戦に加わること37回、ただの一度も不覚を取ることはなかった。
・木刀などによる仕合(練習や野試合)は、すべて合わせると数え切れないほど何百回にも及ぶが、切り傷や突きの傷を体にただの一箇所も受けなかった。
・飛んできた矢による傷を6箇所に受けた以外は、一度も敵の武器が体に当たることはなかった。
・おおよそ決闘や戦場で立ち会い、自分の手で直接討ち取った敵の数は、212人にのぼると言われている。
う〜ん、強い。
212人を討ち取ったというのも半端じゃないですけど、矢で6回も傷を負っても生きているというのも凄い。
旅の終着駅へ。充実の2日間を胸に刻んだ帰路の始まり
佐原の江戸情緒から香取神宮、極上のフレンチに12年に一度の御船祭、そして鹿島神宮。
年老いた両親の足取りを案じつつの行程ではあったものの、誰一人脱落することなく歩ききれたのは何よりでした。
蕎麦屋で1時間待たされたり、母や妹から料理が次々とパスされたりと、計算外のハプニングも含めて実に味わい深い旅。
息子にとっても、妹やSさんにとっても、それぞれの記憶にしっかりと刻まれる夏の終わりになっていれば何よりです。
やっぱり旅っていいものだな。
心地よい疲労感を背負いながら、ガタゴトと揺れる電車に乗り込んで家路へと向かいます。
長い連載にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
【おまけのワンポイント】
生涯無敗を誇った剣豪・塚原卜伝ですが、彼の真骨頂は「戦わずして勝つ」という究極の合理主義にあったんだそう。有名なのが琵琶湖の渡し舟でのエピソードです。
血気盛んな若い武士から真剣勝負を挑まれた卜伝は、「私の流派は相手を倒すのではなく戦わずして勝つ『無手勝流(むてかつりゅう)』だ」と答え、周囲に迷惑がかからないよう小島に船を着けさせました。そして相手が息巻いて刀を抜き島に飛び降りた瞬間、卜伝は竿をひと押しして舟を岸から離し、「戦わずして勝つとはこれよ」と武士を置き去りにしたんだそうです。
無駄な戦いやリスクを徹底的に排除し、知恵で相手を制するこの姿勢、現代のビジネスや危機管理にも通じる最高のリスクヘッジ術と言えるかもしれませんね。(「や〜い、引っかかったな〜」とか言ったのかな…)
2026年9月28日月曜日
【旅行】鹿島神宮の杜と奥宮へ。蕎麦屋の1時間待ちで「並ぶ気力」を消失した我々一行
【この記事のポイント】
・12年ぶりの鹿島神宮。境内に並ぶ山車の武神像に驚きつつ、楼門をくぐって境内へ
・蕎麦屋の1時間待ちで「並ぶ」気力を完全喪失。本殿も奥宮もスルーして、神聖な奥の杜に直行
ランチの後、最後に鹿島神宮に参拝して帰ろうか。
旅の締めくくり、今回の主役を訪れておかなければですね。
12年ぶりの鹿島神宮。神聖な空気が出迎える旅の最終章
ここに来るのは… やっぱり12年ぶりなのか。
静かな杜はしっかりと記憶に、空気が異なる神聖な地。
訪れれば、誰であろうと感じることだと思います。
境内に鎮座する山車。佐原と鹿島が結ぶ祭りの縁
お、今日は山車の展示をしているのか。
佐原のを持ってきているのかと思いきや、鹿島にも5台の山車があるんだとか。
そういえば、昨晩食事をした『オーベルジュ ド マノワール吉庭』のスタッフの方がうちの家族と話をしていたな。
「人手不足なので、佐原と鹿島でお互いに…」
「私は聖徳太子のところにいますから…」
みたいなことを言っていたような。
でも、聖徳太子の山車に彼らしき人はいなかったんですよね。
身長4m超の迫力。大魔神を彷彿とさせる武神・武甕槌大神
これ、山車の武甕槌大神像。
超リアルで人間っぽいのに驚きません?
いかにも武神という顔つき、今にも動き出しそうな迫力。
身長4m超、こりゃほぼ大魔神… なんて言っちゃいけないか。
神々しさと畏怖の紙一重。妹と笑って同罪になった天照皇大神
天照皇大神、こりゃ幽霊… と言っては畏れ多い。
祟られたらたまったものじゃないですけど、私の一言で笑っていた妹も同罪ですからね。
水戸徳川家の威光。初代藩主・徳川頼房が奉納した重文の楼門
なんて言いながら楼門に。
こちらは重文、江戸時代初期に水戸藩初代藩主の徳川頼房によって奉納されたものなんだそうです。
1時間待ちの後遺症。本殿前の行列を遠巻きにスルーする決断
旅の締めくくりに主役へ参拝… と思ったものの、本殿前にはそこそこの行列。
先ほどの蕎麦屋で、ワンオペで1時間待ちの洗礼を浴びた我々一行。
『並ぶ』という文字は完全に消去されており、遠くから心の中で手を合わせてそそくさと奥の杜へ進むことに。
異世界へと続く杉並木。静寂と清気に満ちた鹿島神宮の杜
さぁて、私の好きな空間、鹿島神宮の杜に。
清らかな空気に包まれていて、異世界の入口のような雰囲気です。
春日大社のルーツ。神の使いとして愛される鹿たちの檻
鹿は相変わらずの人気。
奈良のように自由に動き回ることができないのは、ちょっと可哀想ですけどね。
春日大社も、ここの白鹿が武甕槌大神の御分霊を乗せていったとのこと。
そう聞くだけでも、鹿島神宮がいかに途方もない歴史を誇っているかがよく分かりますよね。
深まる神域の静けさ。初めての同行者をも魅了する神聖な空間
鹿島神宮の杜を更に奥に。
神様の領域により一層近づいていくような。
初めて訪れる妹友人のSさんも、すっかりこの魅力に取り憑かれている様子でした。
関ヶ原の戦勝報告。家康が奉納した奥宮に感じるご利益の重み
奥宮は、以前より綺麗になった気が。
調べてみると、2021〜2022年に令和の大改修が行われたとのことです。
この奥宮、徳川家康による奉納。
関ヶ原の合戦の戦勝報告として奉納、当初は本殿だったんだとか。
息子の秀忠が本殿を建て替えた際、移築されて奥宮になったんだそうです。
関ヶ原は、江戸幕府260年の基礎。
その戦勝報告の建築物と聞くと、奥宮の価値(そして御利益)もまたグンと跳ね上がるというものです。
とはいえ、やはり「並ぶ」ストレスの耐久性は極端に落ちている我々。
更に奥、鹿島神宮の真髄に進もうというところで、続きはまた明日。
【おまけのワンポイント】
鹿島神宮の鹿といえば奈良・春日大社の鹿のルーツとして有名ですけど、実は768年に武甕槌大神の御分霊を春日大社へ運ぶため、神の使いである白い鹿の背に乗って鹿島から奈良まで約1年かけて旅をしたという壮大な伝説があるそう。
この道中が現在の主要な街道の起源となり、途中の宿場などに「鹿島」や「鹿」にまつわる地名が残ったのだとか。ちなみに現在の鹿島神宮の鹿園にいる鹿たちは、明治期に一度頭数が激減して途絶えかけた後、大正時代に春日大社から改めて譲り受けた鹿の子孫なんだそうです。
神様を運んで奈良へ移住した鹿の子孫が、1000年以上の時を経て「親元へ里帰り」したという数奇な歴史を辿っているとのこと。そう考えると、金網の向こうで気ままに草を食む姿にも、どこかドラマチックなロマンを感じてしまうものですね。
2026年9月27日日曜日
【グルメ】鹿島神宮前の蕎麦屋に潜む罠!ワンオペ天ざる1時間待ちと、食品ロス回避劇
【この記事のポイント】
・御船祭の後に始まった3kmの行軍。両親を連れて鹿島神宮前の蕎麦処『如月』へ滑り込み
・ワンオペ調理で天ざるが1時間出てこない罠。店外の行列を間引いた大人の全体調和
・母からの蕎麦、妹からの海老天。家族のパスを受け止め食品ロスを回避した胃袋の結末
御船祭でしんみりした後は、地獄の行軍に。
鹿島神宮を目指して3km弱を歩くわけですけど、途中でランチのお店もみつけなければ。
私にとって3kmは大した距離じゃない、でも年老いた両親のことを考えると、一切の無駄はできないというわけです。
御船祭から鹿島神宮へ。年老いた両親を連れた3kmの行軍
途中、「本日貸し切り」なんていうお店もあったり。
両親も無事に鹿島神宮近くまで歩いてきて…
ん? このお店。
暖簾が下りているのでやっているんでしょうけど、妙に静かだな。
カラカラと引き戸を開いて、「すみません、6人入れます?」
「お座敷ですけど、大丈夫ですよ」
お〜、これはラッキー。
滑り込みセーフの座敷席。ワンオペに配慮した「全員天ざる」の選択
メニューにはいろいろ載っていますけど…
調理はお一人のようなので、皆で同じものを頼んだ方がいいでしょう。
後になって振り返れば、ここで「天ざる」を選んでしまったのが間違いだったか…
待てど暮らせど出てこない。外の行列を間引いた大人の全体調和
この後、とにかく、とにかく待つ。
30分経過しても料理は出てこず、ようやく天ぷらを揚げ始めたんじゃないかな。
詳細はわかりませんけど、「天ぷら、時間かかりますからね」と2回ほど言っていたのは、こういうことだったんだ。
一旦外に出て、タバコでも吸ってくるか。
お店を出て驚いたのは、並んでいるお客さんが10人以上もいること。
「このお店、時間かかりますよ。天ざるを頼んだら、もう40分くらい待っています。」
この一言で、行列は一気に半分ほどに。
お店の方もプレッシャーから開放されるだろうし、全体調和としてはこの方がいいんでしょう。
入店から1時間。ようやく目の前に現れた待ちわびた天ざる
ようやく出てきた天ざる、お店に入ってから1時間ほど経過しただろうなと。
これだけ待てばお腹もペコペコ、よし、それでは頂きましょう。
職人のこだわりが宿る海老天。1時間の待ち時間を許すサクサク感
まずは天ぷら、海老天2本となかなか豪華です。
蕎麦つゆに浸して一口… お、こりゃいいじゃないですか。
衣がサクサク、海老への火の通り具合も丁度よし。
この揚げ加減へのこだわり、時間がかかったのはこういうことだったのかと少しだけ納得です。
母からの蕎麦と妹からの海老天。食品ロスを救う胃袋の結末
蕎麦はどうか…
う〜ん、普通に美味しい感じかな。
個人的にはもう少し角がある方が好み… あ。
「時間かかり過ぎ」のフィルタが舌を曇らせたのかもしれないですね。
同じテーブルにいた母、そばを食べきれないと私に。
海老天を息子にあげてたのは、私の健康を考えてくれてのことなんでしょうね。
ありがたいなと思っていたところで、隣のテーブルにいた妹が一言。
「お兄ちゃん、海老天食べてくれない?」
…
息子は3本いっているので、もう食べないだろうな。
私が食べなければ、残ってしまい食品ロスになるのは必定。
結局、そば+海老天の私が息子よりたっぷり食べるという結果になったというわけか。
お腹いっぱいになったことは間違いなし、ご馳走さまでした。
【おまけのワンポイント】
「店主が一人なら同じものを頼んだ方が早いだろう」という気遣いは飲食店あるあるですが、実は「天ざる」は、ワンオペの厨房にとって最も難易度の高い注文形態なんだそう。
天ぷらは具材ごとに油の温度管理や揚げ時間が必要な上、揚げたての熱々に合わせて「茹で時間わずか1分前後の蕎麦」を冷水で締めて盛り付けるという、秒単位の完璧な同期(シンクロ)が求められるのだとか。特に6人前など大量の天ぷらを一度に入れると油の温度が急激に下がってしまうため、必然的に何回にも分けて揚げることになり、提供時間が大幅に延びてしまうとのこと。気遣いのつもりが厨房を最大級の修羅場に追い込んでいたと知ると、大人のソロバン勘定もなかなか一筋縄ではいかないものだなと。
2026年9月26日土曜日
【旅行】12年越しの誓い。鹿島神宮「御船祭」の壮大な船出と、家族で刻む人生の節目
【この記事のポイント】
・12年前の誓いを果たし、両親・息子・妹・Sさんとともに北浦の湖畔で御船祭を迎える
・1700年の歴史を誇る東日本最高峰の水上絵巻。武甕槌大神が船団を率いて香取へ
・12歳刻みで振り返る人生の節目。次の12年後も皆で健康に観られることを願う静かな祈り
昨日の記事で、御船祭の会場までの移動について書きましたけど…
到着してからの待ちが長かったんですよ。
パンフレットには9:30開始と書いてあるものの、船出が9:30というわけじゃなく。
御神体を船に乗せたりと、諸々手順があるんでしょう。
船団が動き始めたのは、10:20過ぎでした。
1700年の歴史が織りなす水上絵巻。武甕槌と経津主の12年ぶりの逢瀬
ところで、御船祭とはどういうものか。
12年に一度、午(うま)年の秋にのみ斎行される鹿島神宮の特殊神事。
起源は約1700年前、応神天皇の時代まで遡ると言われています。
鹿島神宮の武甕槌大神が船団を率いて北浦・鰐川・利根川を渡り、香取神宮の経津主大神と水上で12年ぶりの「逢瀬」を果たすという壮大な神事。
古くは平安・室町期にも記録が残り、水運の拠点であった鹿島と香取が、東国の水上ネットワークを通じて絆を確かめ合ってきた歴史の深さを物語っています。
現代でも数千人の供奉行列と大船団が繰り出すその規模は、東日本最高峰の水上絵巻と言われているんだとか。
12年前の鹿島で心に誓った約束。定年間近に迎えた特別な日
この神事について知ったのは、12年前の8月末に両親と鹿島神宮を訪れた時だったんです。
当時は仕事が忙しく、改めて9/2に休暇をとって鹿島神宮まで来る余裕はない。
12年後なら定年間近で時間に余裕はあるはず、なので再び両親を連れてこようと心に決めていたんですよね。
あ、思い出した。
昨年、「いよいよ御船祭の年だ」と勘違いして、休暇の予定を入れようとしたんだった。
ネットで確認して、な〜んだ来年だと一安心。
でもその時から、御船祭に来ようというスイッチは入っていたんでしょう。
1年フライングした熱意。両親だけでなく息子や妹、Sさんと共に
神のご加護もあってか、こうして両親とともに御船祭を観ることが叶った幸せ。
そして両親だけじゃなく、息子や妹、そして妹友人のSさんまで一緒に観られることのありがたさを噛み締めます。
12年刻みで巡る人生のサイクル。小学校卒業から定年まで
人生の節目として、12年というのはよくできた設定なんですよね。
12歳:小学校卒業を控え、幼少期を脱する年齢
24歳:社会人として、これからの活躍に目を輝かせる年齢
36歳:中堅として、仕事でバリバリ活躍する年齢
48歳:そろそろベテランの域、実績を挙げつつ若手の育成を意識する年齢
60歳:定年、新たな人生に踏み出す年齢
これ以降は、私もこれから経験することになるのでよくわからず。
あと2周りできたとしても、今と同じように動けるわけじゃないでしょう。
次の12年後も皆で。壮麗な水上絵巻を前に抱く静かな祈り
12年後の次回、皆でこうやって観ることができるんだろうか。
いや、できるように、皆さん身体には十分に留意していこうよと言うべきなんでしょう。
壮麗な大船団が水面を進むのを眺めながら、頭のなかはこんな感じに。
太古から続く神事に魅了され、普段のおふざけとは別のしんみりとした思考回路に陥っていたようです。
【おまけのワンポイント】
本文でも触れた「12年」という周期。干支(十二支)が一巡する単位ですが、その起源は古代中国の天文学で、太陽系最大の惑星である「木星」が太陽の周りを約12年(正確には11.86年)かけて1周することに由来しているんだそうです。
木星は古来「歳星(さいせい)」と呼ばれ、天を12等分して毎年の位置を示す基準とされたことから、12年が暦や人生の大きな節目として定着したのだとか。夜空の星の運行と自らの人生の歩みが12年という数字で重なり合っていると思うと、この壮大な神事の巡り合わせにも、より一層深いロマンを感じずにはいられませんね。
2026年9月25日金曜日
【旅行】12年ごとの「御船祭」。父の「バスない騒動」と、北浦の土手を目指す長征
【この記事のポイント】
・佐原から鹿島線で鹿島神宮駅へ。通学高校生を乗せて走るローカル線の朝
・駅で父が発動した「バスはない」騒動。行き先を間違えて係員に尋ねていた天然劇
・大船津降車後も続く長い徒歩。Googleマップを信じて用水路トラップを回避し土手へ
佐原から鹿島神宮駅までは電車で20分ほど。
通学の高校生で賑わう朝の車内
電車はガラガラ、もしくは御船祭の人がそこそこ乗っている程度と読んでいたんですけど、地元の高校生が多いのに驚きです。
おそらく赤字路線、でも廃線にしたら彼ら彼女らが困るんでしょうねぇ。
鹿島神宮駅に到着。即座に聞きに行く父と「バスはない」の衝撃
鹿島神宮駅に到着、さて、バスはどこだろう。
なんていう間に、人に尋ねるのを常とする父、スタスタと係員さんっぽい人に聞きに行っています。
こういう時は、父のような行動ができるといいんだよな。
私は「どうしても自力では解決できない時に人に頼る」という質、親子でなんでこんなに違うんだろう。
なんて思っている間に、父が戻ってきます。
「バスはないって。」
え〜、ちょっと待て。
御船祭会場の大船津までは、ここから2kmちょっと。
帰りはバス待ちで時間を食ってしまうので歩かなきゃならず、せめて片道はバスでと思っていたのに…
いや、パンフレットにも「シャトルバス」と書いてあり、係員さんらしき人は御船祭とは関係ないから知らないだけじゃないか。
念のための確認で、「父さん、さっきなんて聞いたの?」
「鹿島神宮までのバスってどこで乗るの?って」
…なぬ?
そりゃそうだ。
我々がこれから行くのは大船津、鹿島神宮じゃない。
鹿島神宮まではここから10分もかからずだし、御船祭の行列が出る日にバスなんて走らせるわけがない。
「あのさ、これから行くのは鹿島神宮じゃないんだ」
「え、そうなのか」
細かいことには拘らない父、これは重々承知しているんだけど…
人には向き不向きがあるということですね。
無事にシャトルバスで大船津へ。しかし会場はまだまだ先
そんなこんなで大船津まで移動。
さて、会場まではまだ少し歩かなければいけないようです。
山車が見えて会場到着と思いきや、船の乗り場はもっと奥
500〜600mほど歩いて、山車があるここが会場なのか…
え? もっと先までいかないと船は見えないという案内。
Googleマップにないあぜ道の罠。用水路に阻まれた50人の集団
土手を見ながら、並行する道を更に歩くこと10分ほど。
ようやく遭遇した土手までの田を横切る道、50人ほどの人が歩いて行きましたけど…
Googleマップだと土手に繋がっていないんですよ。
行けるのかなと様子を見ていると… あ、先頭の人が止まったぞ。
どうやら用水路か何かがあるようなんですよね。
あの人達、引き返すしかないんだ。
や〜い、引っかかったな〜、じゃなくて可哀想に。
釣られなかった自分の判断を褒めながら、さて先を急ごう。
シャトルバスとは一体何だったのか。1.5km歩いて辿り着いた土手
ようやく土手に到着、バス降車口からここまで1.5kmほど歩いたんですよね。
まぁ鹿島神宮駅から歩くより短いのは間違いないんですけど… これを会場までのシャトルバスと言ってもいいんだろうか。
開始まであと20分。12年に一度の水上絵巻を前に高鳴る期待
さて、御船祭開始時刻まであと20分ほど。
この後どんな光景を見ることができるのかというところで、続きはまた明日。
【おまけのワンポイント】
今回バスで降り立ち、長い距離を歩くことになった「大船津」。実は江戸時代、鹿島神宮へ参拝するための最も重要な玄関口(外港)として大いに栄えた港町なんだそうです。
当時は江戸の日本橋から舟に乗り、利根川や霞ヶ浦を経由してこの大船津の船着場に降り立ち、そこから歩いて鹿島神宮へ向かうのが王道の参詣ルートだったのだとか。歩かされた土手の道も、かつては何万人もの旅人が行き交った歴史ある水郷の宿場町だったと思うと、少しばかり足取りも軽くなる…かもしれませんね。
2026年9月24日木曜日
【グルメ】佐原ルートインの朝食!パン派を寝返らせたご飯盛り付けロボに拍子抜け
【この記事のポイント】
・御船祭の朝一番(7:38発)に備え、6:30の最速枠で朝食会場へ向かうも平日の大行列に直撃
・普段はパン派の心を奪った「ご飯盛り付けロボット」は、期待に反して「ポン」とご飯が落ちるだけの拍子抜け
さて、今日はホテルルートイン香取佐原駅前での朝食について。
朝7:38の鹿島行きに備え、6:30の最速枠で朝食会場へ
開始時間は、6:30から30分単位で選択できるとのこと。
電車の時間は7:38、となるとやはり最も早い時間にするしかないでしょうね。
毎朝6:00前に起床する私には問題ないものの、皆さん眠そうな顔での朝食に。
平日のビジネスホテルを甘く見ていた。早朝バイキングの長蛇の列
こんな早い時間に朝食なんて、他に誰もいないんじゃないかと思っていたんです。
ところが全くのハズれ、バイキングコーナーには長蛇の列ができています。
よく考えてみれば、今日は平日。
そしてここはビジネスホテルなので、これから仕事に行く人が大半というわけだったんですよね。
普段、私はパン食なんですけど、今日はどうしようかな…
ん?
パン派の心を揺さぶる「ふっくらご飯盛り付けロボット」
「ふっくらご飯盛り付けロボット」って… なんだこれは。
初めて見るマシン、どうやって盛り付けてくれるのかな。
そのシーンが見たくて、今日はご飯食に決定。
え? なにか順番が違うのではって?
いやいや、トースターでパンを焼くところなんて、数百回と見ているじゃないですか。
対するこちらは「ロボット」ですよ。
これを経験しないという手はない。
で、実際にやってみると…
器をセットして、量を選択してボタンを押す。
すると、ポンとご飯が落ちてくるだけ。
これ、ロボットと言っていいのか?
1泊7,000円台とは思えない充実度。ロボット飯に合わせた和のおかず
おかずもご飯系のものをチョイス。
特段美味いというわけでもないんですけど、1泊朝食付きで7,000〜8,000円という格安のビジネスホテルにしては、かなり頑張っている方だと思います。
「ポン」と落ちてきたフワフワご飯。スピード重視の完食
ロボットによそってもらった(マシンから落ちてきた)ご飯。
こうやって見ると、フワッとしていて美味しそうではありますよね。
スピード重視の朝食、ご馳走さまでした。
あ、そうだ。
食事の話から少しそれますけど、このホテルで印象的だった大浴場についても触れておきます。
天然温泉ではなくラジウム人工温泉なんですけど、10人ほどは同時に入れる広さ(私が入った時は他に2名のみ)。
泉質は身体に優しい感じで、老廃物を汗とともに排出してくれるんだそうです。
朝5:00〜深夜2:00まで入れるというのも嬉しいですよね。
そんなこんなで、効率重視のビジネスホテル。
私にとっては非常に居心地のいい宿でしたよ。
【おまけのワンポイント】
バイキングで遭遇した「ご飯盛り付けロボット」ですけど、実は大手米飯加工機械メーカー(鈴茂器効機など)が開発したハイテクマシン。
単にご飯を落としているだけに見えて、実は内部のローラーで米粒を潰さずに空気をふんわりと抱き込ませ、熟練の職人が茶碗によそったような絶妙な食感を再現する特許技術が詰まっているんだとか。不特定多数が触るしゃもじをなくす衛生対策にもなると、人手不足解消の切り札として全国のホテルで急速に導入が進んでいるとのこと。「ポンと落ちてきただけ」とツッコミを入れつつも、日本の緻密な食品機械技術の賜物だったというわけですね。










































