【この記事のポイント】
・定番の海鮮丼をあえて外して選んだ890円、価格以上の価値を見出す大人の贅沢。
・江戸の知恵を継承する「柳川」の形式美を、素材が秩序立って共鳴する一つの完成形として考察。
とある出社日、今日は会社ビル地下にある『魚がし日本一』の弁当にしようか。
このお店で選ぶのは、「漁師風塩だれ海鮮丼」 920円がほとんど。
弁当としては決して安くはないものの、マグロやサーモンの腹身、エビなどがサイコロ状にカットされ、とろみのある塩だれに包まれたあの一体感は、一度食べると癖になる美味しさなんです。
我々が平日の昼下がりに求めているのは、過剰な贅沢ではなく。
限られたリソース(時間と予算)の中で、安くて美味しいものを食べられるかというだけなんですよね。
さて、今日も塩だれ海鮮丼かな… ん?
品書きの端にある「あなご柳川丼」890円、これは初めて見る一品です。
30円しか違わないとはいえ、900円を超えるかどうかで印象はちょっと変わりますよね。
よし、今日はこれにしてみようかな。
素材が織りなす「三位一体」の秩序
自席に戻って改めて眺めてみると、そこには見事な「秩序」が保たれていることに気づきます。
柳川丼という料理は、実に理にかなった構造をしているなと。
まずは「ごぼうの笹がき」。
泥臭さを適度に抜いたごぼうの繊維質は、料理全体に力強い骨格を与えています。
その上に鎮座するのが、主役の「穴子」。
ふっくらと蒸し上げられた穴子は甘辛い出汁をたっぷりと吸い込み、見るからに美味しそうです。
そして、それらすべてを優しく包み込むのが「卵のヴェール」。
異なる個性の素材を一つにまとめ上げ、口当たりをまろやかに整える。これこそが柳川丼の真骨頂と言えるでしょう。
江戸の「最適化」から受け継がれた知恵
そもそも「柳川」という料理は、江戸時代の庶民が編み出した生活の知恵が詰まったもの。
もともとはドジョウをいかに安く、美味しく、栄養満点に提供するかという課題に対する、一つの究極の解答だったそうです。
今回の穴子バージョンは、その伝統的な形式を借りつつ、より馴染み深い素材へとアップデートした現代的なアレンジ。
素材は変われど、ごぼうと卵でバランスを取るという「完成された設計思想」は、今もなお色褪せていないんだなと。
納得感のある890円
よし、それでは頂きましょう… ん?
正直に言うと、この日のご飯は少々ベチャッとしています。
本来ならマイナスポイント、でも不思議とそれほど気にならないのは、『魚がし日本一』というブランドが保証する穴子の品質。
そしてこの立地で890円という価格設定の誠実さが、その欠点を上回っているからでしょう。
穴子とごぼう、そして出汁をたっぷり含んだ卵を掬って一気に口へ。
ふっくらとした穴子の身と、シャキッとしたごぼうの対照的な食感が、甘辛いツユと共に口の中で見事に調和します。
ベチャッとしたご飯も、この濃いめの出汁を吸い込むことで、むしろ親しみやすい「おじや」のような旨味に変わっていきます。
決して高級料理を求めているわけではない。
日常のルーチンの中で、この品質をこの価格で提供し続けてくれる店側の努力に感謝しながら食べ進めます。
いつもの味をあえて外し、30円安いこの一杯に手を伸ばした自分。
その選択が正解だったことが、文字通り「胃の腑(ふ)」にじんわりと染み渡りました。
うん、なかなか美味しかった。
ご馳走さまでした。
【おまけのワンポイント】
・柳川丼に粉山椒をひと振りすると、香りが引き締まり、食体験の密度がさらに高まります。
・多忙な一日の合間に、こうした「小さな正解」を見つけることこそが、午後の業務に向けた最高のリフレッシュになるのかもしれませんね。
