モーションウィジット

2026年7月24日金曜日

【散歩】西船橋の遺跡見学会へ!古代のミニマリストと日焼けで脱皮ダコと化した私

【この記事のポイント】
・西船橋の住宅街のど真ん中で開催された、東中山台遺跡群94次調査地点の遺跡見学会へ突撃
・奈良・平安時代の竪穴住居跡20軒以上と、三度の飯よりカマドを愛する担当者のこだわり


とある休日、この日は東中山へ。
何日か前に書いた「東中山台遺跡群」の見学会が開催されていたんです。

真夏の暑さだし、見に来る人なんてほぼいないだろう。
そんな予想は見事に裏切られ、開始の10時には100人近くの方が集まってきました。

住宅街の地下に広がる、奈良・平安の集落跡

普段は入れないエリアから遺跡を眺めると……おぉ、こんなに穴があるんですねぇ。

今回公開されたのは、主に奈良・平安時代(8世紀初め〜11世紀初め)の竪穴住居跡。
地面を四角く掘り込んで作られた住居の跡地が20軒以上も見つかっており、それぞれ一辺が3〜4mほどなんだとか。

現代のワンルームマンションよりもかなりコンパクトなスペースに、当時の家族が肩を寄せ合って暮らしていた様子がリアルに想像できます。
現代のミニマリストも真っ青の超コンパクト設計、というわけですね。

こちらは住居の北側の壁に設けられた「カマド(竃)」の跡。

煮炊きをするための調理スペースで、粘土と砂をドーム状に固めて熱効率を高めていたんだそう。
パンフレットに「三度の飯よりカマドが好きな担当者が調査しています」と書いてあった通り、並々ならぬ熱意が遺構のディテールから伝わってきます。

で、ここで驚いたのがカマドの手前にある段差。
一段深くなっているところは住居だった時に掘られたものではなく、現代の重機によるものなんだとか。

発掘される前、この地は畑だったそうで、畑を耕すのに重機を利用。
その時に遺跡の床面を削ってしまっていたとのことです。

土の断面をみると、濃い茶色の層が残っているかどうかの違いがありますよね。
ザックリと耕した際、表面の土だけでなく、その下にあった平安時代の床面まで一緒に削られてしまったのがよく分かります。

いや〜、こんな事実は実際に発掘に携わっている方の解説を聞いてはじめてわかるもの。
いい勉強になりましたよ。

遺跡発掘の現実

ここに至るまでの過程を説明したパネル展示も。

まず、現代の地層を除去すると、そこに現れるのが黒いシミ。
これが先ほど解説した「濃い茶色の層」ですね。
ここを丁寧に手で掘っていくと、土器が出てくるんだとか。

そして床面はというと、「かなり硬い土」というのでわかるんだそうです。

遺跡に住んでいた人たちによって、長年踏み固められている。
そんな生活の蓄積が土の硬さに出るんだというのも、新鮮な響きでした。

少しややこしいのが、深く掘られた部分のなかには平安当時から掘られたものもあるということ。
これは住居のすぐ外に掘られた「土坑(どこう)」、食料の貯蔵庫やゴミ穴として利用されていた丸い縦穴です。

地味な穴に見えますけど、当時の貝殻や土器片などの生活ゴミが詰まった、貴重なタイムカプセルなんだそう。
ここは焼土が出てきたとのことで、普段から燃えカスを捨てていたのか、あるいは火災で燃えてしまった廃材を捨てたのか。このあたりは不明なんだそうです。

遺跡はこの後どうなっていくのか

せっかくここまで掘った遺跡ですけど、この後は保存されるのか。

いやいや、ここは現代の論理が優先。
埋めて元々の建設工事を再開するとのことで、この地は地上3階建て110床の特別養護老人ホームになるようです。

あらかじめ開発前に試掘を行って遺跡の有無を確認し、発見された場合はこうして本調査(発掘)がスタート。
図面や写真、3Dスキャンなどの膨大なデータとして記録(記録保存)された後、すべて埋め戻されるんだとか。

その上に近代的な建物が建つことで、遺跡としての実体は消え、データと出土品だけが未来へ引き継がれるのが都市開発における発掘の現実のようです。

タコに脱皮に、父親の哀愁

夜、風呂に入ろうとスマートウォッチを外したところ…
覆われていたところは真っ白、というか覆われていなかったところが真っ赤に。

その様子を見ていた妻、「帰ってきた時はタコみたいな色していたよ」と。
そりゃタコは好物だからいいんだけど…
(先日食べたシマダコは美味しかった)

ここに娘からのトドメの一撃。
「お父さんが脱皮する季節が始まったね。」

タコに脱皮か…
一応私も人間なんだけどなぁと思いつつ、いよいよこれから夏本番。
今年も楽しまなければですね。




【おまけのワンポイント】
東中山台遺跡群から出土した「紡錘車(ぼうすいしゃ)」は、古代の糸紡ぎ器の部品です。丸い石や土器片の真ん中に穴を開けたもので、棒を通して独楽(こま)のように回転させ、その回転の慣性(勢い)を利用して繊維を撚り合わせながら効率的に糸を作っていたんだそう。シンプルな構造ながら、当時の人々が手作業で行っていた糸紡ぎの作業速度を爆発的に高めた、極めて合理的な古代のシステムイノベーションだったんですね。