【この記事のポイント】
・佐原から香取神宮へ。ナビに導かれた第3駐車場の「急坂 vs 緩やかな参道」の人生観
・徳川綱吉造営の黒漆塗り社殿と、12年前に両親が空洞に入った御神木「三本杉」の思い出
佐原の街を一旦離れ、次に向かうは香取神宮。
息子は徒歩で移動するとのこと、片道3kmもないので、私もそうしたいところなんですけど… 案内人が本隊と離れるわけにはいかず。
(念のため、伊能忠敬の影響を受けたわけではなく、いつもの1万歩ウォーキングです)
12年ぶりの香取神宮へ。徒歩の息子を見送り車で出発
香取神宮に行くのも12年ぶり。
前回も車だったんですけど、妹の車のナビが案内したのは初めて訪れる駐車場でした。
ナビが案内した第3駐車場。急坂か表参道かの人生観
へぇ、第3駐車場なんてあったんだ。
表参道からは離れているものの、香取神宮の社殿には最も近いじゃないですか。
これはラッキーと思ったのもつかの間、社殿まではそこそこ急な坂なんです。
急だけどすぐに終わる坂道 vs. 長く緩やかな坂が続く表参道。
どちらを好むかは、それぞれの人生観に拠るんでしょうね。
すぐ終わる 息切れしても まぁいいか vs. じわじわと 効いてくるのは こっちかも。
私にとっては、こんな感覚でしょう。
元禄の朱塗りが迎える国指定重要文化財。東郷平八郎の扁額が光る楼門
楼門は、元禄13年(1700年)、徳川5代将軍・徳川綱吉の寄進によって造営された重要文化財。
鮮やかな朱塗りと三間一戸の均整の取れた佇まいが、緑深い木々の美しさに映えます。
正面に掲げられた「香取神宮」の神額は、日露戦争の日本海海戦を指揮した元帥海軍大将・東郷平八郎の手によるもの。
左右の随身像には武内宿禰と藤原鎌足が鎮座し、参拝者を威厳をもって見守っています。
300年以上の風雪を耐え抜いた朱の門をくぐると、境内全体の空気が一段と引き締まるのを感じるなと。
黒漆塗りの圧倒的な重厚感。徳川綱吉が造営した漆黒の本殿と拝殿
楼門を抜けた先に姿を現す拝殿と本殿は、楼門と同じく元禄13年(1700年)に徳川綱吉が造営したもの。
本殿は同じく国指定重要文化財に指定されており、一般的な神社の白木や朱塗りとは一線を画す「黒漆塗り」の社殿が異彩を放っています。
漆黒の壁面には、華麗な極彩色の彫刻や金箔が惜しみなく施され、桃山時代の豪壮な気風を色濃く残す建築美。
拝殿は昭和15年(1940年)の紀元2600年奉祝事業で改築されたものらしいですけど、本殿と見事に調和しています。
黒を基調としたこの圧倒的な重厚感と凄みは、さすが国家鎮護の軍神の総本山。
きらびやかな装飾がありながらも決して派手すぎず、静謐な威圧感をもって佇む姿には力強さを感じます。
幕府が莫大な予算を投じた理由が、この漆黒の社殿を前にすると肌感覚で納得できる。
思わず襟を正して手を合わせたくなる、堂々たる佇まいでした。
源頼義の祈願が宿る三本杉。12年前に両親が潜り込んだ巨木の追憶
拝殿の右手、社殿を見守るようにそびえ立つのが香取神宮の御神木「三本杉」。
一本の巨大な杉の根元が三叉に分かれ、まるで天を突くように雄大に枝葉を広げています。
平安時代の武将・源頼義が参拝の折、「心願成就するならばこの杉三つに分かれよ」と祈願したところ、見事に三つに分かれたという伝説が残るパワースポット…
あ、思い出した。
前回来た時、父と母が2人で真ん中の木の空洞に入って、記念撮影したんだった。
現在は立ち入り禁止っぽいので、畏れ多いことだったような気もしますけど…
12年経っても元気だということは、ご利益があるのかもしれないですね。
香取と鹿島は二柱で一対。境内にひっそりと佇む鹿島新宮
香取神宮は、鹿島神宮と一対。
なので摂社として鹿島新宮があり、いつでも二柱の武神が力を合わせられるようにしているんだそうです。
武甕槌と対を成す刀剣の軍神。スマホでカンニングした経津主大神
鹿島神宮に祀られているのは武甕槌大神(タケミカヅチ)、香取神宮は…
(スマホでコソコソ… )
あ、経津主大神(フツヌシ)、これ常識ですよね。
日本神話の「国譲り」において、鹿島神宮の武甕槌大神とともに最強コンビとして地上に派遣された剛勇の武神。
荒ぶる神々をその圧倒的な武威で平定し、日本の建国に決定的な役割を果たしたんだそうです。
古くから勝運や厄除け、国家鎮護の神として、歴代の朝廷や武家から絶大な信仰を集めてきたのも納得の強力な神様ですね。
よし、スマホを仕舞ってと。
今日の記事はここまでにしましょう。
【おまけのワンポイント】
現在でこそ明治神宮や熱田神宮など「神宮」と名乗る神社は全国に多数ありますけど、平安時代にまとめられた『延喜式神名帳』において「神宮」の号が許されていたのは、伊勢神宮(神宮)、香取神宮、鹿島神宮のわずか3社だけだったんだそうです。朝廷からも軍事・国家鎮護の要として別格の扱いを受けていた証拠で、この二大巨頭が揃い踏みする東国の重厚さには、改めて圧倒されるものがありますね。






