・八幡塚を凌ぐスケール、保渡田古墳群の長兄「二子山古墳」を見学。
・盗掘の果てに残された「黄金の記憶」や、埋め戻された石棺に眠るロマンに浸る。
八幡塚古墳で古代王の権力を肌で感じた後、次に向かったのは目と鼻の先にある「二子山(ふたごやま)古墳」。
保渡田古墳群の中でも最古の歴史を誇り、王の系譜がここから始まったことを告げる重要な遺構です。
たかが10メートル、されど10メートルの高低差
古墳の手前には、天を突くような見事な欅(?)。
その樹高のせいで古墳本体が少し低く見えてしまいますが、実際には高さ10mもあります。
八幡塚よりも一世代古い5世紀前半の築造。
全長108mという規模は、周囲を威圧するに十分なスペックです。
見上げる墳頂への階段。
段数をカウントするのを忘れましたけど、「登る」という行為は疲れるものですね。
こうした階段や坂道も苦にならないようになったのは、山登りに行くようになったおかげ。
墳丘の頂から見下ろすと、視界が開けて雄大なパノラマが広がります。
10mという高さは、現代のビルでいえば3階建て相当。
遮るもののなかった古代、この高さは王の神格化を視覚的に補完する象徴だったと実感できます。
盗掘の爪痕:埋め戻された「金の靴」
この二子山古墳、実は埋葬施設の歴史はかなり波乱万丈。
かつて大規模な盗掘に遭い、石棺の蓋までもが失われているんだそうです。
とはいえ、破片として残された遺物は豪華そのもの。
金製の装飾具や、金銅製の飾履(靴)、さらには鉄製の武具や馬具などが次々と見つかり、盗掘を免れていれば「銅鏡」なども伴っていた可能性が高いとのことです。
現在、舟形石棺は保存のため、後円部墳頂の1m下に埋め戻されているそう。
見えない場所にこそ真実が眠っている、想像力が掻き立てられますね。
古代のアーキテクチャ:三段築成と埴輪の保守
興味深いのは、当時の施工管理の様子が伺える点。
発掘調査では、倒れた埴輪を立て直した跡も見つかっています。
古代のエンジニアたちも、台風や地震のたびに「おっと、あそこの埴輪が転倒、至急メンテナンス!!」と、汗を流していたんでしょう。
解説板によると…
- この古墳は、保存状態の良い「くびれ部」の調査から、三段の墳丘に葺石と埴輪列を備えていたことが判明している。
- かつては全面を覆う白い石に赤い埴輪が映える華やかな姿であり、葺石の継ぎ目からは前方部と後円部の両側から工事が進められた形跡が読み取れる。
- 石の並びには作業単位を示す境界が見られ、多くの人々を動員して組織的に築造されたことを裏付けている。
なるほどねぇ。
保渡田古墳群:5世紀の「王のレジデンス」
改めて二子山古墳の全体像。
この二子山、八幡塚、そして古墳の姿がない薬師塚。
これら三基の巨大古墳が集中する保渡田古墳群は、まさに5世紀の東国における「王の居住区」であり、巨大なメモリアルパーク。
同じアングルから、再び八幡塚古墳。
二子山から八幡塚へと受け継がれた権力。
当時の人々が、どれほどの資源と時間を投入してこの景観を築造し、メンテナンスしていたのか。
実物大の古墳をみると、その熱量に圧倒されます。
よし、次なる目的地は『かみつけの里博物館』。
ようやく古墳カレーに出会えるかな?というところで、続きはまた明日。
【おまけのワンポイント】
・古墳の表面を覆う石の山。これは単なるデコレーションではなく、雨による浸食を防ぐ「防水・コーティング」。一説には、付近の川から数十万個もの石を運んだと言われているんだそう。現代の土木工事も顔負けのロジスティクス、古代の人々の動員力には驚かされます。
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