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2026年9月18日金曜日

【旅行】佐原・伊能忠敬記念館へ!奇跡の国宝地図と、20年前のおなら事件の記憶

【この記事のポイント】
・商人の街・佐原の象徴「伊能忠敬記念館」へ。約20年ぶりとなる再訪
・大火と震災で全滅したと思われた「大日本沿海輿地全図」、アメリカで奇跡の再発見
・古地図に見つけた地元への密かな優越感と、20年前に小野川で起きた娘の懐かしい記憶


佐原といえば、伊能忠敬が有名ですよね。

逆に言えば、伊能忠敬以外には誰の名も頭に浮かばず。
これはなぜなのか。

商人の街・佐原。なぜ伊能忠敬の名だけが突出しているのか

答えは、佐原が商人の街だったから。
戦国時代の城があったわけではなく、幕末の志士がいたわけでもないので、個人の名前が残りにくいというわけですね。

伊能忠敬も商人としてではなく、「日本で初めて正確な全国地図を作った人」ということで名を残しているのはご承知の通り。

12年ぶりの町並み散策。ユネスコ遺産とインバウンドで洗練された小江戸

前回、ここに来たのはいつだったかと調べてみると…
え、12年も前になるんだ。

当時よりも町並みが整備され、観光地っぽくなっている印象。
2016年に「佐原の大祭」がユネスコ無形文化遺産に登録され、その後は日本ブームで外国人観光客が増加しているという流れに上手く乗っているんでしょう。

子どもの幼少期以来、20年ぶりとなる伊能忠敬記念館へ

12年前は、伊能忠敬記念館には入らなかったような。
更に遡って我が家の子ども達がまだ小さかった20年ちょっと前が最後で、当時の記憶はほとんど残っていない、というのが正直なところです。

国宝「大日本沿海輿地全図」。地球上から消滅しかけた奇跡の地図

館内は基本的に撮影禁止、撮影可のマークがついている一部のみOKでした。

伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」、美しいですよね。
幕府に提出されたのは1821年、その後は国家最高機密として江戸城に封印。
そして1873年の皇居大火災で正本はすべて焼失してしまったんだとか。

伊能家に残っていた副本は東京帝国大学図書館に寄贈されたものの、関東大震災でこれも全て焼失、地球上から消滅したかと思いきや…
なんと、2001年にアメリカの議会図書館でほぼ完全な姿で保管されていることが判明し、奇跡的に今日の我々も観ることができるようになったんだそうです。

古地図に刻まれた「原木・二俣」。同行者への密かな優越感

江戸近辺の地図、私の住んでいるあたりは…
おぉ、原木・二俣という地名が書いてあります。

他の皆が住む大田区の細かい地名はなく、こんなところでちょっとした優越感を覚えたり。

小野川沿いで蘇る記憶。娘が叫んだ「おっさんの放屁事件」

伊能忠敬記念館を後にしたところで、まだ小さな子どもたちを連れてきた時の記憶が蘇ります。

当時、娘はまだ幼稚園生。
「魚屋のっ おっさんがっ 屁〜こいたっ ブリっ」というフレーズにハマっていたんです。

小野川近くに来た時、小舟に乗ろうとしていた方がブリっと放屁。
それに気付いた娘、「ねぇねぇ、おっさんが屁こいた〜」と我々に伝えてきたところで…

「そんな下品なこと、人前で言っちゃ駄目でしょう」と妻が激怒。
不満顔の娘が面白おかしく、佐原の記憶として鮮明に残っているんですよ。

あ、こんなこと書いてしまったけど…
娘は私のブログなんか読むことはないので、まぁ問題ないでしょう。

・所在地:千葉県香取市佐原イ1722-1
・開館時間:9:00〜16:30(月曜休館 ※祝日の場合は翌日)
・観覧料:大人500円 / 小・中学生250円(伊能忠敬旧宅の対岸)



【おまけのワンポイント】
伊能忠敬が50歳を過ぎてから本格的に天文学・測量学を学んだことは有名ですけど、彼が全国を歩いて導き出した「子午線1度の距離(約110.74km)」は、現代の衛星測量(約111.32km)と比べて誤差わずか0.1%未満という驚異的な精度を誇るんだとか。
自分の一定の歩幅(約69cm)を維持し続ける徹底した身体訓練と、夜ごとの緻密な天体観測を組み合わせることで、現代のGPSにも匹敵する合理的な測量システムを江戸時代に築き上げた執念には、ただただ脱帽するばかりですね。

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