【この記事のポイント】
・12年前の誓いを果たし、両親・息子・妹・Sさんとともに北浦の湖畔で御船祭を迎える
・1700年の歴史を誇る東日本最高峰の水上絵巻。武甕槌大神が船団を率いて香取へ
・12歳刻みで振り返る人生の節目。次の12年後も皆で健康に観られることを願う静かな祈り
昨日の記事で、御船祭の会場までの移動について書きましたけど…
到着してからの待ちが長かったんですよ。
パンフレットには9:30開始と書いてあるものの、船出が9:30というわけじゃなく。
御神体を船に乗せたりと、諸々手順があるんでしょう。
船団が動き始めたのは、10:20過ぎでした。
1700年の歴史が織りなす水上絵巻。武甕槌と経津主の12年ぶりの逢瀬
ところで、御船祭とはどういうものか。
12年に一度、午(うま)年の秋にのみ斎行される鹿島神宮の特殊神事。
起源は約1700年前、応神天皇の時代まで遡ると言われています。
鹿島神宮の武甕槌大神が船団を率いて北浦・鰐川・利根川を渡り、香取神宮の経津主大神と水上で12年ぶりの「逢瀬」を果たすという壮大な神事。
古くは平安・室町期にも記録が残り、水運の拠点であった鹿島と香取が、東国の水上ネットワークを通じて絆を確かめ合ってきた歴史の深さを物語っています。
現代でも数千人の供奉行列と大船団が繰り出すその規模は、東日本最高峰の水上絵巻と言われているんだとか。
12年前の鹿島で心に誓った約束。定年間近に迎えた特別な日
この神事について知ったのは、12年前の8月末に両親と鹿島神宮を訪れた時だったんです。
当時は仕事が忙しく、改めて9/2に休暇をとって鹿島神宮まで来る余裕はない。
12年後なら定年間近で時間に余裕はあるはず、なので再び両親を連れてこようと心に決めていたんですよね。
あ、思い出した。
昨年、「いよいよ御船祭の年だ」と勘違いして、休暇の予定を入れようとしたんだった。
ネットで確認して、な〜んだ来年だと一安心。
でもその時から、御船祭に来ようというスイッチは入っていたんでしょう。
1年フライングした熱意。両親だけでなく息子や妹、Sさんと共に
神のご加護もあってか、こうして両親とともに御船祭を観ることが叶った幸せ。
そして両親だけじゃなく、息子や妹、そして妹友人のSさんまで一緒に観られることのありがたさを噛み締めます。
12年刻みで巡る人生のサイクル。小学校卒業から定年まで
人生の節目として、12年というのはよくできた設定なんですよね。
12歳:小学校卒業を控え、幼少期を脱する年齢
24歳:社会人として、これからの活躍に目を輝かせる年齢
36歳:中堅として、仕事でバリバリ活躍する年齢
48歳:そろそろベテランの域、実績を挙げつつ若手の育成を意識する年齢
60歳:定年、新たな人生に踏み出す年齢
これ以降は、私もこれから経験することになるのでよくわからず。
あと2周りできたとしても、今と同じように動けるわけじゃないでしょう。
次の12年後も皆で。壮麗な水上絵巻を前に抱く静かな祈り
12年後の次回、皆でこうやって観ることができるんだろうか。
いや、できるように、皆さん身体には十分に留意していこうよと言うべきなんでしょう。
壮麗な大船団が水面を進むのを眺めながら、頭のなかはこんな感じに。
太古から続く神事に魅了され、普段のおふざけとは別のしんみりとした思考回路に陥っていたようです。
【おまけのワンポイント】
本文でも触れた「12年」という周期。干支(十二支)が一巡する単位ですが、その起源は古代中国の天文学で、太陽系最大の惑星である「木星」が太陽の周りを約12年(正確には11.86年)かけて1周することに由来しているんだそうです。
木星は古来「歳星(さいせい)」と呼ばれ、天を12等分して毎年の位置を示す基準とされたことから、12年が暦や人生の大きな節目として定着したのだとか。夜空の星の運行と自らの人生の歩みが12年という数字で重なり合っていると思うと、この壮大な神事の巡り合わせにも、より一層深いロマンを感じずにはいられませんね。






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