モーションウィジット

2026年6月9日火曜日

【旅行】常磐線の極上の乗り心地。その秘密は街ごと移動した「世界的な復興インフラ」にあった

【この記事のポイント】
・常磐線のネーミングから紐解く、東京・宮城を「端っこ」へ追いやる常陸と磐城の地政学的真実
・7万人が押し寄せる相馬野馬追、大混雑の「お行列」をスルーして祭場地へ急ぐ合理的先制逃げ切り策


亘理から相馬野馬追の原ノ町までは、昨日も乗った常磐線にて。

1時間に1本しかない電車なので、7:49発を逃さないよう、駅の構内で待つことにします。


常磐線って都内でも走っていますけど、上野から我孫子あたりまでというイメージ。
その常磐線がまさか岩沼まで伸びているなんて、ここに来るまで思いもしなかったな。

常磐というのは、常陸国(茨城)と磐城国(福島東部)の頭一文字ずつから取ったもの。
こう考えてみると、東京も宮城も実はただの外れ(エンドポイント)、本当のメインは水戸からいわき、なのかな。

なんて地政学的な妄想に耽っていると、おぉきたきた。

相馬野馬追に行く人が結構のっているだろうと予想、やっぱりその通り。
まぁ立っていくと言っても、たかが50分程度なので気にならずなんですけどね。

そういえば、立っているが故に気づいたことが一つ。
岩沼から亘理までガタガタと揺れが激しかったのが、浜吉田を過ぎたあたりからやけにスムーズなんです。

ん? これってもしかして、東日本震災後に新たに敷設したのかも。
Geminiにきいてみるとやはり、浜吉田から駒ヶ嶺の15km弱は元のルートから内陸に移動して新設したんだそうです。

相馬野馬追というイベント名なので、つい相馬駅で降車したくなりますよね。

でも、相馬はかつてお城(中村城)があった行政的・軍事的な防衛拠点。
商業地やイベントの舞台は、そこから少し南にくだった「南相馬(原ノ町)」にあるんですよ。

かつて伊達政宗の激しい南下を食い止めるため、相馬氏は本城の「小高城」よりさらに北に中村城を築いて死守した歴史があるそう。
戦国時代のリアルな殺し合いの対峙ラインが、現代の「相馬駅」と「原ノ町駅」の位置関係にもそのまま生きているというのは深いものがあります。

さて、原ノ町駅に到着、駅近辺には人がいっぱい。

相馬野馬追の中日、この日に集まるのは7万人以上といわれているらしい。
こんな小さな駅だと、大混雑するのは必定です。

帰りの電車チケットを予約しておいて大正解。
でも、駅構内が混んでしまって改札に入れなくなるおそれもあるので、帰りはとにかく早めに行動せねば。

まずは祭りの目玉の一つ、「お行列(おぎょうれつ)」を見に行こうかなと。

甲冑に身を固めた数百騎もの騎馬武者が、先祖伝来の旗指物を風になびかせて進軍する圧巻の戦国絵巻。
法螺貝や陣太鼓が街中に響き渡り、古のサムライたちの行軍がそのまま現代に蘇ったかのような迫力なんだそうです。

駅から野馬追通りまでは1.3kmほど。
お、あそこに人垣ができているのであれだな。

よし、ここに陣取ろうと荷物を足元に下ろすと…

「お父さん、ここでずっと待つの?」と息子。
え? 現在9:00ちょっと前、お行列のスタートは9:30か。

あと30分待つこと自体はいやではないんだけど、ここでふと気付いたんです。
このままお行列の通過をのんびり眺めていたら、その後に大移動が一斉に始まってしまい、メイン会場の「雲雀ヶ原祭場地」にたどり着くことができないかも。
ましてや我々は自由席、座るスペースすら確保できなくなるおそれもありますね。

それに「お行列」と言ったって、アスファルトの上を騎馬武者が進んでいくだけでしょ。
よし、お行列の「路上観覧」はスッパリ諦め、一足先に人のいない雲雀ヶ原へ直行しよう。

息子よ、その一言、ファインプレーだったぞ。

歩き始めてふと。
「ところでさ、この「雲雀ヶ原祭場地」の「くもすずめ」って、なんて読むんだっけ?」

「え? これは「ひばり」でしょ。お父さん、こんな漢字も読めないの?」と息子からの猛攻撃。
そう、私は興味のない文字や固有名詞はなかなか覚えられず、また覚えてもすぐに忘れてしまうんですよ。

釣りをするので魚編の難しい漢字(鱚、鰈など)は読めるけど、鳥に関しては漢字も鳴き声もさっぱり。
「覚えなきゃいけないことが他にいっぱい。魚は美味いけど、雲雀は食べられないからなw」

そんな身勝手な言い訳をしながら雲雀ヶ原祭場地へと足を進めるというところで、続きはまた明日。




【おまけのワンポイント】
常磐線の浜吉田〜駒ヶ嶺間(約14.6km)は、東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた後、防災のために線路を丸ごと内陸側へ移設して復旧した区間なんです。
これにより、山下駅、坂元駅、新地駅の3つの駅が、以前の場所から内陸側へ最大1.1kmも引っ越すことになりました。
なかでも山下駅と坂元駅周辺は、鉄道を高架化すると同時に、駅を中心に周辺の市街地ごと集団移転させて街をゼロから再設計したという、自治体とJRによる一大プロジェクト。これは世界的にも珍しい「復興一体型インフラ移設」のモデルケースです。ガタゴト感のないスムーズな極上の乗り心地は、まさにこの巨大な再設計がもたらした最先端インフラの恩恵と言えそうですね。

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