歴博の展示、次は第5展示室の「近代」へ。
この港、どこだと思います?
赤煉瓦倉庫がある埠頭、そう、横浜港です。
手前は新港埠頭で、埋め立てが進む前なので赤煉瓦倉庫近くまで岸壁。
昔の港なのに、船舶は意外に大型化しているなと思ったら、大正期の様子とのことです。
当時は全国の輸入のうち3割、輸出は4割を占めていたというから、正に世界への窓口だったんですね。
東京から銚子まで、江戸川と利根川経由の蒸気船航路があったと知ったのはつい最近。
その航路をこの図で確認することができて、他にもいくつもルートがあったんだなと。
鉄道が整備されるまで、船舶が交通手段の中心だったということを再認識です。
大正期の浅草の街角、「酒と喫茶の美人局うるとら」って凄い名前だな。
美人局、今ではその方面の犯罪手口として使われる言葉。
まさか客寄せの看板に堂々と書く訳がないので、きっと当時は違う意味だったんだろうなと。
大日本帝国陸軍がいた頃の佐倉城の様子。
城郭がよく再現されており、土塁の平城でも防御力が相当に高いであろうことが想像できます。
せっかくなので江戸時代の模型も作って、総構え全体を再現してほしい。
この写真の解説をよく読むと、それぞれをいちいち「~兵士たち」で結んであるのが何故か面白い。
パッと見りゃ兵士たちというのはわかるので、省略してもいいんじゃないかな。
相当に生真面目な方が製作したんだろうと、想像しながらニヤニヤ。
おぉ、美味そうな食事だ。
解説を読むと、当時の兵士には見たこともないようなご馳走なんだとか。
肉体を酷使するだけでなく、命も賭ける大変な職業。
せめてこれぐらいは、という配慮が伝わってきます。
変わって戦後のバラック街の様子。
「代用うどん」なるものを売っているんですけど、小麦粉ではなく雑穀のうどんや心太なんかが使われていたそうです。
しかも3本しか入っていないものもあり、「三味線」と呼ばれていたんだとか。
3本だと「三味線」、6本なら「ギター」なんですかね。
おぉ、都営アパートだな。
決して広くはないものの、家族の温かさを感じる空間、何故か懐かしい風景です。
昭和のオモチャ、スクリーンには昭和のアニメソングが流れて。
この写真を撮るために随分と待ったのは、そこそこ年配の女性2人組がこの前に陣取っていたから。
アニメソングを次から次へと歌い続ける2人組。
童心に帰るというのは、正にこういうことを言うんでしょう。
最後の展示はゴジラ、シンゴジラではなく昔のやつですね。
これも懐かしいなぁ。
歴博って、こんなに近現代にスポットが当たっていたんだっけ?
そうか、私にとっては現代でも、今時の若者にゃ十分に歴史の部類に入るのか。
自分の人生も、どんどん歴史と化していく。
最後には、そんな深さも感じた歴博見学でした。
国立歴史民俗博物館
佐倉市城内町 117
03-5777-8600
開館時間
3月~9月 9:30~17:00
10月~2月 9:30~16:30
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