「新田」と書くと、「しんでん」と読ませる場合が多いですけど、この駅は「にった」。
駅名が近くにある新田神社に由来しているからなんです。
その新田神社はというと、南北朝時代にこの地で戦死した新田義興の祟りを鎮めるために建てられたもの。
実家の隣駅なので、子供の頃は「新田義興、超怖え」とビビってました。
改めて行ってみると、カラフルでわかりやすい新田神社の説明板。
え、破魔矢発祥の地とは知らなかったな。
読んでみると平賀源内が絡んでいたそうで、土用の丑の日だけじゃなく破魔矢も彼の仕業だったのか。
子供の頃の記憶だと薄暗くていかにもヤバそうな神社だったんだけど…今日ではごく普通、いやかえって小綺麗なくらいですね。
畏怖の念から、記憶が歪んでいるんだろうなぁ。
新田義興は戦死したと書きましたけど、実は騙し討ちにあって亡くなっているんです。
記憶だと、こんな感じ。
・鎌倉を攻めるべくこの地に来た新田義興と少数の家来、この地の豪族は騙し討ちにする気満々
・新田義興一行は多摩川を舟で渡ったが、船頭は川の真ん中で水中にダイブ、舟の栓を抜く
・そして両岸から伏兵数百が登場、散々に矢を射掛けて新田義興一行を皆殺しに
・騙した豪族は新田義興の祟りにあい雷に打たれて死亡、その後も落雷が相次ぎ、祟りを鎮めるため新田神社を建立
なんだ、大した話じゃないな。
雷に当たって、一人が死んだってそれだけか。
この程度の話が怖かったのは、その後大人になってもっと怖い話を沢山知ってしまう前だったから、ということか。
おぉ、顔ハメ。
隣にいる少将局というのは、間者として足利方に送り込まれた女官。
新田義興と並び立つ、というのは少々シュールな画。
江戸時代の落雷にも、東京大空襲の爆弾にも耐え、今でも葉を繁らす欅。
幹が裂けても火を浴びても700年も生きているそうで、もしかするとこれが新田義興のパワーなんだろうか。
この狛犬は、謀略を企てた畠山一族や血縁者が来ると雨を降らせて唸るという代物。
この日は何もなく過ごせたということは、どうやら私は畠山さんとは無縁らしいです。
奥にあるのが御塚と呼ばれ、新田義興の遺体を埋葬した円墳。
ここに入ると祟りがあるそうで、試してみたいとは全く思わずですね。
それにしても、これだけ祟りに関する逸話がある神社というのも珍しいなと。
多摩川線沿線に来たら、是非訪れてみてください。
新田神社
03-3758-1397
大田区矢口1-21-23
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