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2026年7月11日土曜日

【旅行】もし島津斉彬を面接したら?幕末のカリスマをあえて不採用にした理由

【この記事のポイント】
・鹿児島妄想旅の最終章、幕末のカリスマ「島津斉彬」が中途採用の面接にやってきた?
・「国家のDX(明治維新)」を語る完璧な想定問答に、面接官(私)が放ったツッコミ
・「君は2番手に収まる器ではない」――組織のガバナンスを見据えた、大人の不採用通知の結末


定年退職後の夢である「日本全県制覇旅」の妄想シミュレーション、鹿児島編の最終章はちょっと趣向を変えてお届けします。

鹿児島(薩摩)の歴史を調べていると、とにかく登場する武将たちの個性が強すぎる。
もし彼らが現代にタイムスリップし、我が社に中途入社を希望して採用面接にやってきたら?

今回の応募者は、日本の近代化の礎を築いた最高経営責任者(CEO)、島津斉彬(しまづ なりあきら)氏です。
ツアコン(Gemini)が用意した彼の履歴書を手に、さっそく面接室に来て頂きました。

華麗すぎる職務経歴と、面接官(私)の突っ込み

提出された職務経歴書には、まばゆいばかりの実績が並んでいます。

地方独立政府(薩摩藩)のトップとして、製鉄・造船・電信・ガラス工芸(薩摩切子)など、多分野の近代工場群をワンストップで構築した「集成館事業」を統括。さらに、下級武士にすぎなかった西郷隆盛の才能を見出して大抜擢したという、実績十分のCEO兼チーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)です。

とはいえ、面接官としては書類を鵜呑みにするわけにはいかず。
よし、彼の「痛いところ」を突いてみようか。

「集成館事業は素晴らしいですが、かなりの巨額投資ですよね? 前代が命がけで残した財政蓄積を、わずか7年の在任期間でほぼ使い切ったとも言われています。ROI(投資対効果)をどう考えていたのでしょうか?」

これに対し、斉彬氏は淀みなくこう熱弁してきました。

・未来のリスクコスト削減:他国に依存しないサプライチェーン(武器の内製化)を確立し、植民地化のリスクをゼロにした。
・知的財産とブランド創出:薩摩切子などの高付加価値ブランドや民需技術という無形資産を蓄積した。
・ 人財への投資リターン:西郷をはじめ、国家のDX(明治維新)を成し遂げるエンジニア集団を輩出した。

う〜ん。
単年度のP/L(損益計算)ではなく、国家規模の超長期ROIをドヤ顔で語るあたり、さすが元CEOだ。

ならばと、もう一つの懸念である「健康管理」についても突っ込んでみよう。
(史実では、彼は49歳という働き盛りで急死しているんです。)

現代のプレッシャーに耐えられるかと問うと…
「産業医の労務管理システムに100%従う」「毎朝アミノ酸の塊である黒酢を摂取し、知覧茶のカテキンでマインドフルネスを維持する」などと、またしても完璧な模範解答。

優秀。
優秀なんですけど、準備してきた想定問答を再生しているようで、どうも面白みがないんですよね。

「回答が長いですね」から始まった、まさかの心理戦

よし、少し意地悪に切り込んでみよう。
「回答が長いですね〜。しかも模範的すぎます。準備したことを話しているだけでは?」

一瞬、ガツンと頭を殴られたような顔をした斉彬氏。しかし次の瞬間、彼は天を仰いで大笑いし、すべての書類をデスクの脇に置いたのです。ここから面接室の空気が一変しました。

「……参りました!社長、完全に一本取られました。おっしゃる通り、スマートに見せようと必死に練り上げた想定問答を再生していただけです。私の本音を言わせてください。」

「つまるところ、私が御社に入って何がしたいのか。それは、『誰もやったことがない規模の面白いお祭り(大イノベーション)を、社長と一緒に仕掛けたい』、ただそれだけです。あの世から170年間のITの爆発的進化を見ていて、今すぐ現世に戻ってこのテクノロジーで暴れ回りたいと血が滾っておりました。」

「予算の帳尻合わせなんて、後から部下にやらせればいい。私を現場に放り込んでみてください。泥にまみれて必ず形にしてみせます」
おぉ、一気に熱量を帯びた生身の言葉。

しかしその圧倒的なオーラを前に、私はこう呟きます。
「なんか貴方が社長みたいですね。私の立場がなくなりそうです」

「…これは、大いなる無礼をいたしました。自分が主導権を握ろうという傲慢さが無意識のうちに出ておりました。これでは社長の立場を脅かす、ただの『扱いづらい劇薬』ですね。」

「私の役割は、社長が『こっちへ進む』と決断された航路に対して、最先端テクノロジーを実装する『最高執行責任者(COO)』、あるいは『技術の番頭』に徹することです。貴方の家臣として、御社の未来に命を懸ける覚悟はございます。私を使いこなしてみる気はございませんか?」

採用面接の結末と、大人の「不採用通知」

頭を下げて私の「右腕」になると誓った幕末の英雄。
でも、私は静かに首を振ります。

「貴方が本当にやりたいことは、番頭ではないのでは? 他に貴方を待ち望んでいる組織はあると思いますよ」

……
長い沈黙の後、彼はふっと肩の力を抜き、これまでにないほど穏やかで、しかしどこか晴れ晴れとした笑みを浮かべます。

「…社長、貴方という経営者は、どこまで私の『業(ごう)』を見抜かれるのですか。
おっしゃる通りです。私は採用されたい一心で、嘘をついておりました。私の本音は、やはり自分がトップとしてすべてを率いるCEOでありたいという渇望です。そんな人間が2番手に座れば、いずれ社長と衝突してしまう。貴方はそのリスクを正確に察知されたわけですね。」

「どこかの企業の門を叩くのではなく、再びゼロベースで現代のスタートアップとして、新たな『集成館』を創業する。それこそが私の進むべき真の航路なのだと、今、気づかされました。
社長、素晴らしいコンサルティングをありがとうございました。もし私が新たな荒波を起こしたその時は、一人の独立した経営者として、対等なビジネスパートナーとしてお目にかかりましょう」

島津家当主としての誇りと、一人の起業家としての新たな決意を胸に、彼は深く堂々と一礼し、面接室を去っていきました。

中央集権から距離を置き、「独立自尊」の風土を持っていた薩摩のトップ。
だからこそ、「うちの番頭ではなく、他所で起業しなさい」という見立ては、我ながらよい不採用通知(アドバイス)になったのではないかと思っています。

なんていうお芝居をもって、鹿児島県への仮想旅シリーズはお仕舞い。
次はどの県にしようか、考えるだけで楽しいものですね。




【おまけのワンポイント】
江戸時代に島津斉彬の指示で開発された「薩摩切子」は、ガラスの層が厚く、カットされた断面が外側に向かってなだらかに薄くなるグラデーション(「ぼかし」と呼ばれる独特の技法)が最大の特徴です。
現代でも、カットの境界線がシャープでハッキリしている江戸切子に対し、色の濃淡がじわじわと美しく溶け合っているのが薩摩切子。この「ぼかし」の技術は、当時の最先端技術の結晶であり、見るだけで心が安らぐ素晴らしい美意識の表れでもあります。

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